NOVEL「闇が滲む朝に」第10回・はちまきを巻き神輿を担ぐ仕事仲間たち

 片山二郎は土曜日の朝、いつもより一時間遅い午前四時に起きる。土曜日は自宅から自転車で二十分ほど走った所にある地元のツキノワグマビルで早朝から仕事だ。当初は土曜の仕事が嫌でしゅうがなかったが最近では慣れてきた。そんな土曜の仕事場に高戸が、はちまきを持ってきた。神輿を担いだ時に巻いていたはちまきだという。

 土曜日の早朝はいつもより一時間遅く起床できる。いつもは午前三時起きだが、四時に起きる。その分、身体もリラックスできる。片山はようやく最近になって土曜日に仕事に出かけることにも嫌気がしなくなっていた。

 一週間に一度、日曜日の一日しか休日がないため、土曜日も早めに起きて部屋の掃除を始める。とにかく日曜日は洗濯も掃除もやらない。一日中、自分の好きなことをやることだけに集中することにしている。

 転職前には、休みの日は4時間から6時間は走っていたが、今は一歩も外に出ない生活をしている。日曜日くらいは身体を休めたい。片山は部屋の掃除機をかけ終えると、テレビのニュースを見る。テレビも土曜日の夜か日曜日くらいしか見られる時間がない。できるだけ見たい番組は録画して見るようにしているが、以前と比較するとテレビの見る時間も少なくなった。

 今の生活は何もかも仕事に時間を多くとられている。本音はもう少し休みたいといったところだ。本当に日曜日はあっという間に過ぎてしまう。人は楽しい時を過ごす分、時間の進む感覚をより早く感じる。

 唯一、土曜は自宅から自転車で二十分ほどの現場での仕事だということだった。
 片山は少し余裕を持ちながら家を出た。それでも午前六時五十分だ。自転車を漕ぎながら顔にあたる風が心地よい。約二十分後にツキノワグマビルの駐輪場に着くと自転車を置き、 そのままビルに向かう。

「おーい。お早う」
 信号を渡り歩道を歩いていると、向かい側の道路を高戸が駐輪場の方に自転車で走っていく。始業は午前八時からだが片山はロッカーが朝の着替えで混むのを防ぐため少し早めに出社しているのだ。土曜日にここのツキノワグマビルには社員はほとんど出社していない。
 このビルはシンクタンク機関がメインで入っているビルで、土日も営業する営業部門は五階の一フロワーしか入っていない。だから普段に比べるとビルの中は閑散としている。

 一方で片山たちの清掃スタッフや設備や工事関係の人間が多く入っている。片山は事務所に入るといつも通り、タイムカードを押した。既に尾崎ともえは出社していて、ビル内のゴミの回収に出ている。尾崎は高戸と同じ年で社歴も十年近い。矢野も既に来て準備をしている。前日にどんなに飲んでも午前六時過には出社して当日の業務の準備を始めるのだ。片山は作業着に着替えると軽く準備体操を始めた。

「おはようー」
 高戸が事務所に入って来た。
「かたやまちゃん、今日も早いね。たいしたもんだ。昨日も遅かったんだろう」
 高戸はいつものように片山を励ましてくれる。
「もうだいぶ慣れましたから。大丈夫です」
 片山は軽く身体を動かした。

 二年前からここで働くようになってしばらくは、土曜日の早朝から仕事をするということに慣れずに、仮病を使って休んだりしたが、ここ一年ほどは自分のわがままで仕事を休むということもなくなっていた。その変化ぶりを高戸は褒めているのだ。
 本当に当初は土曜日に仕事をするということが嫌だった。作業着に着替えることさえ、不愉快に感じでいた。

「今日はこれ、持ってきたよ」
 高戸はテーブルの上に数枚の薄い布のようなものを置いた。
「なんすか。これ」
 片山が目の前の布を見た。

「はちまきだよ。使ったことねえか」
 高戸が目の前で上半身のシャツを脱ぐ。七十歳を前にした男の上半身にぜい肉はない。
「一本、持っていっていいよ。仕事で使えるだろ」
 片山は一枚のはちまきを手にした。随分と昔に家で見たことがあった。
「これから汗が出るから。これがあるといいよ」

「はちまきですか。なんか懐かしいですね」
 片山は幼い頃に実家で、はちまきを見たことがあった。父親が休日に庭の剪定をする時にはちまきを頭に巻きながら作業していたのだ。
「いいですね。これ。ありがとうございます」

 片山は一枚の布を広げた。白い布地に青い波の絵が豪快に描かれている。
「もう、何年前かな。よく祭りで神輿を担いでいた頃に貰ったもんだ。これから暑くなるから。これを頭に巻くと汗が目に入らねえからさ」
 高戸は自分のはちまきをポケットに入れた。
「祭りですか。高戸さん神輿担いでいたんすか」
「十年ぐらい前になるかなあ。今は倅が担いでいる。隊長も担ぐんじゃないか。ちょうどこれからだよ。担ぐの」

 高戸の言葉に片山は驚いた。隊長とは主任のニックネームだが、年下の矢野を矢野さんと呼ぶことに違和感を感じた片山がつけたニックネームだった。
「そうですか。隊長も担いだりするんですか」

 片山は今まで祭りの神輿の話など考えたことがなかった。もちろん、自分で担いだことなどない。祭りについてはテレビで有名な祭りのニュースを見たり、町で神輿を担ぐ人たちの姿を見たことがある位だった。とりたてて祭りに関心を持つことはなかったが、今、働く職場に二人も神輿を担ぐ人がいるとは奇遇だと片山は感じた。

 

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