NOVEL「闇が滲む朝に」第11回「神輿を担ぐのも、命懸け。生きるか死ぬかに、生きる」

 片山二郎は土曜日の定期清掃で地元のツキノワグマビルに出勤した。先輩の高戸明と矢野順平は祭りで使うハチマキを巻きながら仕事をするという。祭りのことなど考えたことがなかった片山は、街を活気づける祭りの神輿を担ぐ男にはヤクザが多いことや、喧嘩で怪我をすることも多いことを聞く。片山は目の前の優しい二人が、自分とは全く違う世界で生きてきたことに気づく。

「有名な祭りでは死者が出たりするそうですけど、結構、神輿を担ぐって大変じゃないすか」
 片山が高戸に聞いた。
「そうだ。今も倅なんか怪我して帰ってくるよ。気をつけねえと危ないんだ神輿担ぎは」
「死者も出たりするって聞いたことがあります」
 片山が言う。

「ああ、そうだなあ・・・・元々は江戸時代に街のために活躍していたやくざが多く参加したらしいというからな。今もそうかな・・・よくわからんけど」
 高戸がたばこを指に挟む。
 「そうなんだ・・・・」
 片山の声が低くなった。

 「祭りって伝統行事っていうか、でも、祭りをやると盛り上がるからね。あの祭りに出て皆、気勢を上げるっていうか。神輿の取り合いだから、あの神輿を他の地区にとられないように必死で担ぐんだよ。景気づけもあるしな」
 高戸が続けた。
 片山は高戸の話に頷くだけだった。
 「おはようー」
 しばらくして、矢野が準備を終え倉庫から戻ってきた。
「何、これ? ハチマキ? 高戸さんの?」
「隊長も持っていっていいよ」
 高戸が矢野にハチマキを渡した。
「すみません。いいですね」
 さっそく矢野が自分の頭にハチマキを巻いた。

「隊長もそろそろ、担ぐ時期じゃねえのか」
 作業着に着替えを終えた高戸が椅子に座った。
「そうっすよ。二週間後だから。もう最近、あんまりやってねえから。久しぶりだから」
 矢野が自分の椅子に座った。
「もう、怪我するから本当は出たくねえんだけど。出ろって知り合いがうるさいから」
 矢野が机の上のマルボロの箱を手にした。

「ちょっと、高戸さん、たばこ吸いに行きませんか」
 矢野が奥の喫煙所の方に目をやった。
「おはようー」
 そこにゴミ回収を終えた尾崎が戻ってきた。
「ちょっとタバコ、吸ってくるから」
 高戸が一声、かけた。
「あいよ。なんだよ。ハチマキなんかして」
 矢野の姿を見て尾崎が笑った。

 奥の喫煙室は工事関係者たちの休憩室で、その片隅にハイクリーンのメンバーたちの利用するスペースがある。
「今日の定期清掃は社員食堂だから。いつも通り最初にテーブルの椅子から降ろしてスタートですね」
 矢野がたばこに火を点けた。続いて高戸もマイルドセブンを一本取り出して口にくわえた。

「高戸さんは昼前には終わると思うんで。カタヤマちゃんは後片付けまで手伝って貰うから、終わるのは午後二時頃になると思うけど、いいかな」
 矢野がたばこの煙をふかしながら言う。
「結構、大変だからな、神輿担ぐって」
 高戸が缶コーヒーを一口飲んだ。
 電気をつけないままの喫煙室は薄暗い。
 シャッターの上部からは外が見え、夏を告げる青空が広がっている。

 片山はハイクリーンで働く目の前の二人が偶然に祭りで神輿を担ぐことを知り、何か自分とは全く違う世界で生活している二人だと再認識した。矢野はまだ三八歳と若いが、その年に似合わない恰好だ。仕事の仕方もスタッフのまとめ方も、それは慣れている方だといえる。実家が印刷会社を営んできたという背景に関係があると片山は思った。

 矢野は清掃会社に入る前は電話工事関係の仕事、その前はアパレル関係の仕事に就いていた。元来が裕福な家庭の育ちなのだが、荒っぽい性格をしている。職人気質の性格でこれは高戸も同じだ。気性が荒いといった方がいいかも知れない。

 一方では人情味のあるタイプといえる。今まで片山が接してきた人にはない性格の持ち主なのだ。矢野は人を助けるために喧嘩もしたという。一時期は自分が殺されるのではないかという状況にも陥った。渋谷で飲んだ帰りのエレベータで、チンピラに絡まれていた人を助けたことが、酷い目に遭うきっかけになってしまったという。

 矢野は大勢に囲まれ、足の脛の骨を折り顎も砕かれかけた。愚連隊に絡まれたのだ。九死に一生を得たのは偶然にも矢野を助ける人物が近くに存在したからだ。この人物がその場所にいなければ、今の矢野は、ここにはいない。

 この世界は地震や災害のない平穏な日でも一寸先は闇なのだ。それは片山がこの仕事を始めてから特に感じることでもあった。清掃という仕事は間違いなく肉体労働で、ちょっとした怪我が致命傷になってしまう。階段を踏みはすし転倒して頭を打てば死んでしまう可能性もある。ガラス清掃はやらないがそれと同じように注意していなければならないほどに注意が必要な仕事なのだ。

ガラス清掃をやる人を見ると勇敢に見えるが、強風や何かのトラブルで、身にまとう命綱がはずれた瞬間、身体は落下し内臓破裂で、間違いなく死ぬのだ。とにかく肉体労働には、一瞬のミスで命を落とす現場が多い。

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