BOOK・58「働く女性に贈る愛と勇気のメッセージ『あきらめない』著者・村木厚子を支えた『一日一生』」

 元気に働く女性が増えています。企業や官庁、政治、教育分野はもちろん医療分野、メディア、起業家、スポーツから芸能・・・・宇宙飛行士そして最近は、建設や運送業界など、ほんの少し前までは男性の仕事といわれてきた分野でも女性の働く姿が目立つようになりました。
 プロスポーツもボクシングや格闘技でも女性の選手が増えました。そういえば、既に天野は35年ほど前にサンドバックを前にシャドーボクシングを続ける女性を目にしていました。
 
 天野は以前に宅配の夜間業務に就いていた時期がありますが、この仕分け作業の指揮役が女性でした。年齢は若いとは言えませんでしたが、てきぱきと仕事をこなしながら、若い男性のパートをリードしていました。この天野も叱咤激励された人物の一人です。
 
 生物学的に見て本来は、男性よりも女性の方が優れているという見方をする人もいます。特に出産後に女性は、より強くなるとも言われます。天野は現在の仕事環境から、なぜ、女性はいつも元気でしゃべり続けるのだろうという疑問を持っていましたが、男性と女性では脳の構図が違うということをある日に読んでいた本で知りました。
 
 男性に比べ女性は右脳と左脳の連携が活発なことが、その要因だそうです。以前にも「路上記」で紹介しましたが、株式会社感性リサーチの代表で「妻のトリセツ」(講談社@新書)がベストセラーとなった黒川伊保子さんの「ヒトは7年で脱皮する」(朝日新書)に書かれています。とにかく、元気で優秀な女性は多いですね。
 
 しかし、一方でセクシャルハラスメント(以下セクハラ)、モラルハラスメント、パワーハラスメント被害を受け苦労する女性が多いことも事実です。最近ではハリウッドで活躍する女優たちが、長年にわたり敏腕プロデューサーにセクハラ被害を受けていたことを告発し話題になりました。セクハラという造語は日本では1986年の西船橋駅ホーム転落死事件で、起訴された女性を支援する団体が使い始めた(ウイキペディア)ことが最初だそうですが、やはり、そのような行為が言葉で概念化、定義化、制定されるまでは表面に出にくい問題だったということでしょう。
 
 無罪にもかかわらず逮捕、拘留された女性官僚を支えたもの
 さて、今回に紹介するのは元厚生労働事務次官・村木厚子さんの「あきらめない~働く女性に贈る愛と勇気のメッセージ」(日経ビジネス文庫)です。村木さんは2008年に厚生労働省の4人目の女性局長に就き13年から15年までは厚生労働事務次官を務めました。しかし、09年の郵便不正事件では虚偽公文書作成容疑で逮捕、起訴され無罪判決が下るまで拘置所に164日間、拘留されました。
 
 著書には村木さんのその当時の体験から、仕事、家族についてのことがまとめられています。労働省に入庁した頃は、最初に「お茶汲み」を命じられたそうです。この「お茶汲み」は係長になるまで続きましたが、入庁当時は多くの先輩と、「お茶」をきっかけに話すことができメリットにもつながりました。いつかはやめると決めていた「お茶汲み」は翌日が大雪になったことを契機に、「私がお茶汲みをすると嵐がくるからやめます」と宣言し中止しました。すぐに解決できなくても、あきらめないでいると、どこかの時点で修正できることは多いというのです。これが「あきらめない」人生の原点となりました。
 
 また90年代の婦人局婦人政策課時代には「セクハラ」研究会を発足しました。約30年前にセクハラは今後に女性差別の一種として取り締まる国が増えると予見していたのです。初めて500万円の予算をとりつけてから、90年施行の改正男女雇用機会均等法で、セクハラの規定創設に至るのです。
 
 以降、順調にキャリアを積む村木さんでしたが、一寸先は闇・・・世の中には悪のエネルギーが常に働いています。09年に自称障害者団体「凛の会」が格安郵便を悪用したとして同会長が逮捕された郵便不正事件が発覚。その後、日本郵政公社に同会が提出していた厚労省発行の証明書が虚偽であることが判明し、関連して5月26日に大阪地検は上村勉・元厚労省係長と村木厚子同雇用均等・児童家庭局長(当時)を逮捕・起訴したのです。
 
 160日以上の長い拘置所拘留を経て、村木さんは無罪となるのですが、この間に村木さんの支えとなったのは家族の存在でした。特に娘さんたちの存在が、村木さんの心が折れてしまってはいけない、娘たちのために頑張ると言い聞かせてきたのです。もともと読書家の村木さんはこの期間に多くの書物も読破しました。中でも酒井雄哉天台宗大阿闍梨の「一日一生」(朝日新書)は大事な本の一冊となりました。
 
 村木さんはこの本について、今年のはじめにNHKの番組でも紹介しています。あの高倉健さんが尊敬していた人物としても有名になった酒井大阿闍梨のことを天野が知ったのは、約20年前のマラソンを始めた頃です。「二千日回峰行者 酒井雄哉大阿闍梨 超人の教え」(中尾清光著、中央公論新社)がきっかけでした。天野は「不退行」という言葉をいただいたことがあります。
 
 村木さんは拘留中に読んだ「一日一生」の中から「一日が一生、と思って生きる」「千日は、ただ、その繰り返し」「明日はまた新しい人生が生まれてくる」「身の丈にあったことを毎日くるくる繰り返す」「あせらず、あわてず、あきらめず、無理をしない」という言葉が力強く響いたと書いています。

 

 

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