小説「海に沈む空のように」第2回 平和な家族を襲った突然の悲劇

 3月12日の午後5時40分過ぎ、優子の兄である志賀昭雄から通報を受けた杉並署の槌田幸三警部補と戸部典夫巡査長が荻窪●丁目の優子の住むマンションに駆けつけた。鑑識によると死亡推定時刻は前日の午後11時20分、死因は絞殺による窒息死で、首の深い傷から何者かがロープを使用し殺害したと推定された。
 優子が倒れていたキッチンのテーブルには缶ビールとハイボールの空き缶がそれぞれ3本ずつと、食べかけの唐揚げに焼き鳥のほかチーズやさきいかが残されていた。事件現場からは優子と昭雄以外の指紋を採取することはできなかった。司法解剖の結果、優子の胃の内容物からほぼ、テーブル上の食べ物と同様の物が検出され、食べ物からも部屋に入れた相手が男性で親しい者で優子はその相手と飲食を共にしていたことが推測された。
 通報は兄の志賀昭雄からのものだったが、昭雄は母親のさなえから優子に前日から連絡をとっていたが連絡がないという知らせを受け、何度か連絡したが携帯電話はもちろん、メールも返事がないことから部屋を訪れたのだった。杉並署は本庁捜査1課と合同で捜査本部を設置し捜査を開始した。
 突然の無残な出来事に昭雄は戸惑いを隠せなかった。まさか若干37歳の妹が殺人事件に巻き込まれるとは考えたこともなかった。日々のニュースで殺人事件が起こるたびに、気をつけなければいけないと感じていたが、どこか他人の出来事に違いはなかった。
 昭雄は有名私立大学を卒業後は大手人材情報会社に就職、優子も大学を出て就職はしなかったものの、自分の好きな翻訳の仕事を生活の糧としてきた。父親の雄一郎も裁判官として働いてきた。母親のさなえはそんな父親に黙ってついてきたのだ。昭雄は自分の家族全員は標準的な家庭で、今まで順風満帆な生活を送ってきたと感じていた。
 しかし、そんな家族の一人が何者かに殺害されたのだ。昭雄は第一発見者として事情聴取されるなど、42年の人生の中で全く予想したことがないことを経験した。3歳違いの妻・時子には事実を伝えたが、10歳になったばかりの娘・陽花には話さないでいた。時子がその方がいいと主張したのだ。
 優子の死亡が明らかになってから昭雄は葬儀などに追われ1週間ほど、会社を休んだ。昭雄は都内の東京駅近くにある「ヒューテック」に勤務していた。入社して19年目を迎えるが、長年に亘り企業の人材募集のための媒体を発行し広告営業に務めてきた。
 ノルマの厳しい部署で営業マンとして仕事をこなし、3年前には課長職に就くなど、激務で知られる会社でも順調に成績を伸ばしてきた。勤務の間には不況に沈む時期もあったが、負けん気の強さを発揮し業績が悪化し身売りを噂されるほどの厳しい時期も乗り越えてきたのだ。
 41歳は男にとって厄年だ。42歳になった昭雄は自分が後厄の時期にあることを認識していた。しかし、41歳の時に厄払いしてもらったわけではない。気を付けなければいけないことは自覚していたが、時子に厄払いのことを聞かされても「大丈夫だよ」と答えたのだった。そう、自分は大丈夫だと常に思ってきた。自分はどんなに大変なことがあっても必ず乗り越えて見せるという自負があった。
 裁判官の父は厳格ではなかったが、昭雄には何かを期待している気配は物心がつく頃には感じていた。ただ自分は父親のように裁判官になることは考えていなかったから、大学を卒業する頃に急成長していた「ヒューテック」社を選んだのだった。以降、これといって失敗を経験することも挫折を経験することもなく、家庭を持ちやがて娘が生まれた。そして、気が付いたら自分も会社では課長職という責任のある位置に就いてた。
 社員の平均年齢が32歳という比較的若い会社では出世する人材とそうでない人材の線引きも早い。40歳を過ぎて課長として部に残れたことは褒められていいことだろう、そう昭雄は思っていた。既に同期では退職して自分で会社を始めたり、田舎に引き返したり、病気で他界してしまう者もいた。それ程、競争の激しい会社でもあった。
 しかし、長い人生では何が起こるか分からない。どこに影が潜んでいるか分からないものだ。蟻地獄に引きずり込むような暗い影が・・・。優子が殺害されてから2週間後が経過した頃、昭雄の目の前で再び悲劇が起こった。雄一郎が自宅の部屋で首を吊ったのだ。妻のさなえが近くの介護老人ホームに入居してから10日が経過していた。
 雄一郎の部屋に遺書は残されていなかった。妻のさなえは1年程前から軽い認知症の症状を見せ始めており、介護老人ホームに入居が決まった後だったことが幸いだったと昭雄は思った。さなえが雄一郎が自殺したことを知ったら、唯一、自分の話し相手で理解者でもあった雄一郎が死んでしまったことを知ったら、次は動揺したさなえがどうなるか分からない。
 突然に自分を襲った絶望的な現実に昭雄はうなだれるのみだった。雄一郎が自殺した日から再び、昭雄は会社を休まざるを得ない日が続いた。会社からは10日の有給消化の通達が届いたが、上司との互いの連絡は途絶えたままだった。3週間で自分の家族が続けて二人も死んだのだ。しかも、一人は殺され、もう一人は自分で命を絶った。
 日本では家族の悲惨が増えている。重い認知症の家族を抱えた家族の介護者が当事者を殺害し自分は堀の中に入る、という現実に日本人は立たされるようになった。夜中に起こされて介護すると自分は眠れない。本当に早く死んでほしいと息子や娘が、自分の父や母をそう思う人が増えている。
 しかし、昭雄の場合は違った。
父はなぜ自死したのか、決して母親の認知症が重いわけではなく、母親が原因で家族の関係がおかしくなったことをなどなかった。今の母親の状況なら十分に回復さえ望まれる状態なのだ。昭雄は突然に襲った胸の引き裂かれるような現実を、自身で抱えることができないでいた。どう現実を受け入れていいのか分からない。おのずと酒量が増えていった。妻の時子とも話すことが少なくなっていく。まだ、会社に連絡をする気持ちにも、もちろんスタッフに顔を出す気持にもなれない。
 なぜ、雄一郎は自ら命を絶ってしまったのか。
 優子の死が影響していることは疑いの余地はなかった。父は優子が殺されたという現実に耐えきれず、後を追ってしまったのだ。国立の大学にストレートで入学し司法試験も問題なくパスした雄一郎は7年前に裁判官を退官後は5年程、知り合いの紹介で警備会社の相談役に就いてきたが70歳で退社した後は、さなえとよく買い物や散歩に出かけたりしていた。昭雄から見ても悠々自適な暮らしぶりに見えたのだった。
 父とは違う道を選んだ昭雄は民間の会社に就職し、優子も司法の道に進むことはなかった。何度か昭雄は雄一郎は、子供たちに司法の道に進んでほしいと考えているのではないかと、さなえに聞いたことがあったが、そんなことは望んではいないというのが母親の答えだった。
 だから、昭雄は安心して自分の道を進んできたのだ。それは優子も同じ気持ちだったに違いない。国内の悲惨な事件を多く担当してきた自分は、何よりも家族には安全で安心できる人生を望んでいたに違いないのだ。普通の人生を歩む二人の子供に十分に満足していたに違いない。
 しかし、子供たちも自分たちの人生を確実に歩き始め、もう安心だと思った矢先に悲劇が起こった。優子の死は雄一郎にとって、初めての大きな挫折となってしまった。その挫折に耐えることができなかった。
 それなら、優子を殺害した犯人が逮捕されるまで、雄一郎は自分の辛い人生を耐え闘うべきではなかったか。心が崩壊していく様を自覚できないままに、昭雄はそんなことを考える。今の自分がそうであるように。雄一郎も耐えるべきだったのではないかと。
 優子はあの日、誰を誘い、または誰に誘われ、何者かを自宅に入れたのか。楽しく飲んでいた酒がいつの時点でお互いが口論するような酒に変わってしまったのか。昭雄は自分が考えられる限界値まで優子のことに思いを巡らせる。まず、近い存在として考えられるのは優子の交際相手だ。
 昭雄は最近、優子に彼氏なり結婚を考えられるような人物がいたという話は聞いたことがなかった。というより自分が結婚して以降、優子とゆっくり話をする機会などなかった。まだ優子のことを把握していたのは母親のさなえの方だといっていいだろう。
 ただ今のさなえには優子のことも雄一郎のことも話す気にはなれない。何か聞けるとしたら、優子の仕事関係から交友関係を見つけることだが、それは今、捜査本部の刑事たちに任せた方がいいのだ。
 脱力感だけが昭雄の背中に覆いかぶさってくる。昭雄は自宅の居間のソファーで大きなため息をついた。実家にはまだ、線香の香りが静かに漂っている。居間の先には雄一郎と優子の二人の位牌が飾られている。二人の写真に笑顔はない。優子が殺されて二週間、父親の雄一郎が自殺して1週間が過ぎようとしている。まだ、昭雄は会社に出社する気持ちにはなれないでいた。
 4日前に「もうしばらく休ませてください」と営業部に連絡を入れたままだ。会社側からも連絡はない。このままでは会社を頸になってしまう。家族に病気による死亡者が出た場合は、それだけでも疲労してしまうが、予期せぬ家族の突然の死の影響は多大な負担となって残された者に襲い掛かってくる。家族として遺族として参考人としての取り調べだけでも疲労してしまう。
 昭雄はずっと睡眠不足の日が続いていた。午前10時過ぎ、妻の時子は既にパートに出かけている。キャッシュカード会社の登録確認関連業務の仕事に就いて3年が経過しようとしていた。大学を卒業後に入社したカード会社を昭雄との結婚後の妊娠を契機に退社したが、娘の陽花が小学生になり少し落ち着いたことから再び、パート契約として職場に復帰したのだ。
 今回の悲惨な出来事で時子もしばらく仕事を休んでいたが、雄一郎の自殺には相当にショックを受けたらしく、葬儀が終わると気をまぎらすように、翌日には仕事に出かけた。自分がかかわる夫の家族について考えるのを忘れたいという気持ちがそうさせたのだ。
 昭雄は優子の気持ちが痛い程に分かった。何よりも自分自身が受け入れることのできない、恐ろしい現実に直面させられたのだ。しかも、1番に近い自分自身の家族によるものだ。
ふと昭雄は自分の部屋の片隅に置いてあるギブソンのギターに目を向けた。長年使ってきたものだ。
 昭雄は学生時代の仲間と一緒に音楽活動をしてきた。今も月に1度か2度程、アマチュアとしてライブ活動をしている。主に老人ホームでコンサートを開いているのだ。ボランティア活動の一環として行っているが、週末に開催される埼玉の老人ホームでのコンサートには出場できなくなった。
 突然の出来事に代役を立てることもできずライブは中止せざるを得ない状況となってしまった。バンドの他メンバー7人にも迷惑をかけたが、コンサートを企画しているイベント企画会社にも多大な迷惑をかけてしまった。コンサートやバンドメンバーに対しても昭雄はどう詫びていいのか考える余裕などなかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA