路上記7「辛い現実も前向きに考え、前に進むということ」

 4年前から軽作業とはいえ立ったままで身体全体を使いながら仕事をする肉体労働者になって以降、仕事場の移動も含めて1日に約13時間は身体を動かし続けています。とにかく空腹になるので食事は3食たっぷりと食べ、夜はお菓子なども食べます。それでも一向に体重は増えません。毎日がマラソンのトレーニングをしているような感覚なのです。
 動かし続けるので内臓は健康ですが、やはり身体の各箇所の怪我には気を付けなければいけません。例えば、建設現場の労働者はビル解体でも建設でも、マンションの壁面作業でも一瞬で足を踏み外せば転落し死にます。昨年も死亡事故は多発しています。
 ですから自分も怪我だけは避けなければいけないといつも思います。そのためのストレッチや、腰や手首などの身体のガードサポートは必需品となります。それでも3年前には作業中に滑り転倒し、頭部を打ち1針縫いましたが、幸い脳に異常はありませんでした。
 最近では昨年の秋からマラソン選手のように、足底筋膜炎で右足のかかとが痛くなり、4か月ほど整骨院に通いましたが完治せず、整形外科に行きステロイド注射を投与し完治しました。整骨院に通院したのは日曜日に開業していたというのが理由ですが、土曜の昼まで開業している整形外科に少し無理してでも早く行くべきだったと反省しています(それくらい平日は忙しいのですが)。身体が慣れてきたとはいえ、金曜には疲労から身体が重いと本当に感じます。身体は確実に疲労するというのが肉体労働です。そのためには休むしかありません。肉体の疲労はただ、身体を動かさないことが回復につながるのです。
 でも、デスクワークはないのでひたすら身体を動かし続けなれば仕事になりません。そうなると呼吸や精神力で自分自身を調整していしかないのです。よくメンタルが大事ですとアスリートが発言したりしますが、肉体が限界に来た時は、自分の精神状態、つまり気持ちをどうコントロールできるか対処法はないのです。
 先週から宗教の話が続きますが、自分の肉体が疲労で限界に近づいてきたと感じる時は、千日回峰行者の酒井雄哉天台宗北嶺大行満大阿闍梨の発言を思い浮かべます。酒井大阿闍梨のことを知ったのは、自分が走り始めた頃です。その頃、「超人の教え」(中央公論新社)で初めて大阿闍梨のことを知りました。
 酒井大阿闍梨が有名になったのはそれから10年くらい経過した頃だったと思います。朝日新聞が夕刊で大阿闍梨を記事にして、それから間もなく「一日一生」(朝日新書)を出版しベストセラーになりました。「一日を一生と思いなさい、人は今日で死んで明日、また生まれ変わる。新しい一日が始まる」という意味です。今日は今日でおしまいだから、いつまでも思い悩んだりするな、前を向いていきなさいというのがこの言葉の教えですね。とにかく過去にとらわれず、目の前にある今だけを考えなさいという意味も含んでいます。
 酒井大阿闍梨は2013年に他界しましたが、ある意味ではその意思を継ぎ、現在、さまざまな場所で発言されているのが「人生生涯 小僧のこころ」(致知出版)や「執らわれない心」(PHP研究所)などの著書がある塩沼亮潤大峯千日回峰行満大阿闍梨です。この二人の大阿闍梨に共通しているのは、何よりも実践を重んじているということ、そして、辛いことや苦しいことなど何があっても何事も前向きに考えることが大事だと話していることです。また塩沼大阿闍梨は数年前に放送されたNHKの対談番組で「我々は決して特別な存在だと思ってはいけません。それこそ農業や漁業に従事している人たちも命懸けで生活しているのですから」とも述べておられたことが印象に残っています。
 お二人とも厳しい修行を経て大阿闍梨となられた方々ですが、多くの著書を通じ発言されてきた言葉だけでも学べればと考えています。我々がこの地球で生きていることは奇跡に近く、また本当に人は何が原因で死ぬか分からないものです。だからこそ、命はかけがえのない大切なもので、どんな状況になっても日々の気持ちの持ちようが大事になると思うのです。

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