路上記12 現実の世界は多次元であり、人は死なないという現実

 路上記11で変性意識状態で多次元を旅するヘミシンクについて書きました。なぜ、今は聞いていないヘミシンクについて書いたのか。現在は平日の1日約16時間、仕事で身体を動かしています。身体を動かし続ければ続けるほど、一方では精神の安定を維持しようとします。つまり、肉体的に辛い状況は、精神でカバーするしかないのです。おのずとブログに書く内容も内面に向かいます。もちろん、今はノンヘミシンクですが、仕事中に移動中に5分でも10分でも時間があれば、目を閉じ瞑想します。
 2011年以降、特に気になっていたことがありました。それは東日本大震災の影響で自殺してしまった人たち、そして、2017年10月に神奈川県座間市内のアパートで発覚した「座間9人遺体事件」(ウィキペディア)でした。女性8人、男性1人がアパートに住む男性に殺害されたのです。殺害された人たちは殆どが自殺願望者だったというのです。死にたいという願望を抱きながら自分では死にきれず、簡単に殺害されてしまったのです。
 
 今は家出したいと思えば、すぐにネットで見知らぬ人に泊めてもらえる家出先を探すことができます。同じように自殺したければすぐに、殺して貰えるのです。ネットには光もありますが、暗い闇もあります。それはあまりにも暗い現実です。ネットが氾濫する今はすぐに闇にも行けるのです。
 人はなぜ自殺願望を抱き自殺してしまうのか、心理学者の河合隼雄さんは「生と死の接点」(岩波現代文庫)の中で、人は生まれてから死ぬまでライフサイクルという各段階があり、その都度、死と再生のイニシエーションを経験しなければいけない。時にそれは死に相当するような辛い現実ですが、忍耐しなければいけない。その経験をしなければ本当に自殺したり、死に相当するような暴力事件に巻き込まれたり、事件を起こしてしまうというのです。
 また、ユングやレイモンドムーディの研究をとりあげ、「死後の生」についても言及。夢などを通じて自分の死後の生を実感することが、生きる上で大切になってくると書いています。二人とも死後の世界を認めており、本来、人は肉体は滅びても、死なないということを示唆しているのです。
 もちろん、二極化が進む現在、人にはさまざまな生活環境がありますし、仏教でも生老病死は苦しいと説いています。つまり、生まれて現実を生きるのは苦しみを生きということでもあるのです。
 でも、その先の喜びも忘れてはいけません。そこがここに来た目的でもあるのですから。肉体で受ける苦しみは長くても100年という年数です。でも100年は、3億光年で生きる宇宙レベルの次元ではほんの一瞬に近いのです。だから、地上でどんなことがあっても死に急いではいけない、と思うのです。

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