路上記14 身体が痛いと感じる夏の暑さに、「大いなる存在」が冷風

 本日6月9日、東京は最高気温が30度と発表されました。朝、4時過ぎに起床し少し身体を動かすと汗をかきます。暑さがこの肌の細胞を殺す、痛いと身体が感じたのはそれから3時間後のことでしょうか。土曜日は地元で朝、7時から仕事です。まだ、気温は低いとはいえ、身体を動かすとすぐに汗をかきます。
 もうこの時期は肉体労働者は、最高気温が25度でも、逆にクーラーがきいていない分、暑くなります。立っているだけでも暑い、呼吸しているだけでも辛い・・・これから4か月は身体を動かすことで収入を得る肉体労働者には本当に、本当に辛い日々が続きます。
 3年程前までは7月中旬ごろに身体が痛いと感じる高温になりましたが、今年は1か月早く暑さが迫ってきました。異常気象は進んでいます。この気温の高さ、身体が感じる辛い過酷な日々は10月まで続くのです。暑いと身体が感じる時、当然ですが従来以上に精神、つまり意識はより痛い身体に向かいます。
 その悲鳴をあげがちな身体を見守っているのが、自分の意識と自分を超えた「大いなる存在」なのです。「大いなる存在」・・・自分を超えた存在について、皆さんは考えたことがあるでしょうか。天野がこの存在について最初に意識したのは20代の中頃でした。
 ある日、過労がたたって高熱が続き、病院に1週間ほど入院したことがあります。夜中でベッドでうなされていると、壁際に誰かが立って「大丈夫だよ」と励ましてくれたのです。夜中に見舞い人ではない、自分ではない、ほかの誰かが見ていたのです。当時は若かったこともあり、その存在が何なのか理解することはできませんでした。そのことより、若い年代で身体を壊し自分は混乱していました。過労が原因で病気してしまったことで、肉体的にも精神的にもまいってしまい、自分の今後の人生はどうなるのかと悩んでいました。
 以降、自分は回復し仕事にも復帰しました。それから10年が経過した頃、再び「大いなる存在」と遭遇したのです。なぜ、今回、この「大いなる存在」について書こうとしたのか。実は最近に「大いなる存在」という言葉を、偶然にNHK教育の「100分で名著 神谷美恵子 生きがいについて」をテレビで見てテキストを読んだ時に目にしたのです。このテキストを書いたのが批評家の若松英輔さんで、若松さんは同番組の中で著書の神谷さんは「生きがいについて」(みすず書房)の中で、苦しみの中で「大いなる存在」に遭遇するのが、個人の生きがいにつながると書いていると解説していたのです。

 ブログ書き手の天野はこの番組を偶然に見たのです。また「生きがいについて」は読んでいませんでしたが、神谷さんがこれほどに大切なことを書いていることを知りませんでした。自分は何か「大いなる存在」に包まれて、生かされていると感じることが、どんな過酷な状況にあっても自分の生きがい、自分が生きる価値につながるというのです。
 いつから崇高なエネルギー体を「大いなる存在」と名付けたかは覚えていないのですが、30年前に「大いなる存在」に助けられ、その後、何度か遭遇していたことは確かです。そして8年前には本当に、このエネルギーが何なのかを正確に確認することができました。
 これから続く暑い夏に自分の身体は「大いなる存在」にどれだけ遭遇し、暑い中でも涼しさを感じさせてくれるこの存在に、自分は生かされていることをどれだけ実感することができるでしょうか。

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