「海に沈む空のように」第15回 バンド仲間たちとの偶然な出会い

「志賀さんは東京だから、たぶんすごい活動をされていたと思います。僕らみたいな田舎のアマチュアバンドなんか嫌かも知れないですね。だから無理には誘いません。東京のバンドとの関係もあるでしょうし。でも、福井って慣れたら、あんまり行く所もありませんし。石川とか富山とか岐阜とか近くにはいい所もありますから。その辺を観光されたりするなら別ですけど。せっかく音楽やってこられて、東京で活動されていないのなら、どうかなって」
 再度、岸田が谷の顔を見た。
「今、『バード』のメンバーは、この二人にドラムの林君の三人ですから。たぶん、志賀さんの組んでこられたバンドと比較すると人数も少ないと思います」
「僕が入っていたバンドは八人編成でした。お二人は何を担当しているんですか」
 昭雄が岸田と谷の顔を見る。
「僕がベースとボーカルで彼女がキーボードとボーカル」
「シンプルな編成ですね」
 昭雄が水を飲んだ。
「もう二人程いていいんですけどね」
 岸田が言った。
「東京ではどんな曲を演奏されていたんですか」
 谷が聞いた。
「いろんな曲を演奏していましたよ。JPOPから演歌調の曲まで、本当にさまざまですね。パーミンとかデリーツルー、サウザンとか比較的、古い曲というか。四十から五十代のメンバーが多かったから、僕らが若い時に聞いた曲が多かったですね。聞いていたことのある曲が多かったから演奏しやすかった」
「私たちと似ているかも知れない。だいたいその辺の年頃って同じような曲を聴いてきてますもんね」
「結構、JPOPの歌い手が演歌歌手に曲を提供したりしているんで、老人ホームなんかだとその辺が受けたりしますから。でも偶然ですね。同じような活動をしている人たちと会うなんて。東京ではライブハウスなんかで、多くのアマチュアバンドが集まってライブを開催したりするんですが。福井でもバンド活動している人と出会うとは思わなかったですよ」
 昭雄が笑顔を見せた。正直、父親と妹が無残な形で死んだのも、ある意味では自分が裁判官の道を選ばずに大手民間企業に就職したとはいえ、バンド活動にうつつを抜かしてきたから罰があたったに違いないとさえ感じていたのだ。そして、いま、自分は福井に左遷され単身赴任となり、妻と娘とも会う機会は少なくなっている。だからもう音楽活動はやらないでおこうと東京で決めた筈だ。
「もう音楽は・・・」
 昭雄はしばらく考え込んだ。
「僕らはほぼ毎週土曜日に練習して月に一度、コンサートを開くくらいですから。練習も毎週、いらっしゃらなくていいですよ。コンサートも毎月、必ず開催するということでもありませんから。その点はいい加減というか、適当なバンド活動なんで。逆に志賀さんが嫌かも知れないですし」
 岸田が困惑気味に少し照れたように笑った。
「でも今年の十二月と年明け二月は必ずやりますからね。もちろん、志賀さんに加わっていただいたら今後は毎月に必ずライブはやりようにしますよ」
 谷が続けた。
「だから、早くギターを弾けるメンバーを探さなきゃいけないんですよ」
「音楽って継続して練習していなきゃいけないんですよね。自分はギターだから、コンサートで演奏する曲が決まると、会社に行くときは演奏する音楽を聴いて、帰宅して楽譜を書いて、毎日、夜も練習して週末はバンドメンバーとスタジオで練習して・・・・という感じでしたね。休みの日もいつのまにか家族サービスなんかしていられなくなっちゃって」
「そんなに・・・練習やるんですか」
 驚いた表情を岸田が見せた。
「じゃあ、アマチュアすぎて嫌かな僕らとは」
 岸田が谷の顔を見る。
「かも知れない・・・ですね」
 谷が笑顔で岸田に応えた。
 「ちょっと違い過ぎるかもね、僕ら」
 一人で納得するように岸田が頷いた。
「自分でよければ、『バード』に入りますよ」
 昭雄の返事に岸田と谷は顔を見合わせた。
「そうですか。東京で演奏されていた頃とはだいぶ、雰囲気は違うと思いますが」
「大丈夫ですよ。自分でよければ、よろしくお願いします。もう半年以上、ギターは弾いていませんけど。自分も音楽は忘れられないだろうと、いつもどこかで感じていましたから。ちょうどよかった」
「そうですか、ありがとうございます。志賀さんが入ってくださると、『バード』も見違えるように変わると思いますよ。我々もしっかりと練習しなきゃ」
 岸田が頷きながら言った。岸田は昭雄に都合の良い土曜日を確認し次の「バード」の練習日を決めた。コンサートは二か月後の十二月中旬と年明け二月の下旬に予定されている。
 昭雄は食事のお礼を言うと車に戻りそのまま社に戻った。会社ではいつも通り上司の小林に業務報告し、オバマメガネの求人広告取材のためにライターとカメラマンを手配した。福井支店では営業と編集ディレクション業務を兼務している。外部スタッフのスケジュールを確認し取材は一週間後の月曜日の午後二時に決まった。
 昭雄も仕事をしている時間は、七か月前の東京での出来事を忘れることができた。岸田が自分をバンドに誘ってくれたのも、そのような意味では「破滅の空気」から逃れるいい機会になるような気がした。あの重い空気は夜に必ず昭雄を襲うのだ。どうしていいか分からず、昭雄はこの半年間、何度も生きること諦める決意にかられた。それが東尋坊へと自分を走らせるのだ。

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