路上記15「執念と情熱が不遇の人生を好転させる」

 土曜日のくつろいだ日、新幹線に乗っていて、突然に隣の席に座る客人が自分に鉈(なた)を振り回してきたら、あなたはどうしますか。これは6月9日に新横浜から小田原を走行中の東海道新幹線「のぞみ265号」内で発生した事件です。
 犯人の22歳の青年は自分の隣に座っていた女性を切り裂き、もう一方の席に座っていた女性にも鉈を振りかざしました。席の後方に座っていた38歳の男性は、この青年に迫り殺人を止めようとしました。この隙に襲われた女性たちや近くの乗客は逃げたのです。しかし、殺人を止めようとした男性は逃げずに、鉈を手に暴れた青年と向かいあい揉み合いになり、青年に馬乗りになられ鉈で額や首など数十か所を切られ、やがて心肺停止で死亡してしまいました。
 殺人事件を止めようとした男性は、東京大学を卒業し外資系の企業に勤務する将来を期待された人でした。一方、青年は15歳までは両親と一緒に暮らしていましたが、以降は施設に預けられ、最近までは祖母の家で生活していました。昨年の12月には祖母の家を出て半年後に今回の犯行に及んだのです。
「殺すのは誰でもよかった」、逮捕後に青年が口にした言葉です。通り魔的な犯行に及ぶ犯人がよく使う言葉です。その約1か月前には、新潟では23歳の電気技士が小学生の女の子を殺害した後に、JR越後線の線路に運び列車事故と見せかけようとしました。
 
 この二人は年齢も近く、一見、おとなしい普通の青年にしか見えない。しかし、人は簡単に悪魔に転じてしまうのです。人は生まれ育った環境、社会に出た時の環境などが常に影響すると言われますが、原因が何であれ一旦、悪魔が入り込むと何をするか分からない生き物なのです。
 やはり残念なのは、回りの大人が不遇にある者が犯行に至る者に、何らかの「人生の助け船」を出してやれないのかということです。例えば、幼い頃に施設に預けられても、りっぱに自分の人生を切り開いていく人は存在します。また、仏教やキリスト教など宗教を学ぶことで不遇の境遇にありながらも人生を好転させていく人もいます。自分が幼い頃に不遇だったからこそ、そのハングリー精神をばねに社会に出て成功する実業家も多いのです。
 「執念の経営」(日本経営合理化協会出版局)は、北海道で貧しい炭鉱夫の家で生まれ、10歳で右目を失明。17歳に仕事の電線工事中の事故で両腕を失いながらも、以後、地元で新聞記者となり、やがてクリーニング事業を始め50年で従業員1000人の企業にした高江常男さんの伝記です。普通なら右目が見えなくなった時点で、人生を諦め行動できなくなってしまう。しかし、その後、高江さんは両腕も失くしてしまうのです。両腕を失ったのが17歳の時だったという年齢を考えても、それこそ自殺しかねない状況に追い込まれてしまいかねません。そんな状況に高江さんは負けなかったのです。
 また、幼い頃に両親が離婚し親戚の家に預けられたが折り合いがつかず、養護施設に預けられた坂本博之さんは、高校を卒業後にプロボクサーとなり日本と東洋太平洋ライト級チャンピオンとなりました。WBC世界ライト級1位にもランキングされ、4度の世界戦にも挑みました。引退後は東京都内でボクシングジムを運営しています。例え、身体を壊してしまっても、不遇の生活を強いられても執念と情熱があれば人生は切り拓けるのです。   

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