「海に沈む空のように」第16回 福井 原発銀座の現実

  午後七時過ぎ、井田一郎は福井で飲み屋が集中している片町でタクシーを降りると、そのまま繁華街を歩き、二つ目の角を右に折れた。すぐに焼き鳥屋「春吉」の看板が見える。扉を開け賑やかな店内の広間を過ぎ、個室用に区切られている客間に向かった。一番奥の座席の暖簾を開ける。
「お疲れ様です」
 小沢正樹が挨拶した。小沢は福井県警察本部刑事部組織対策課の刑事だ。いつもこの店で井田と会う。「春吉」は東京や大阪にも出店している人気のある店だった。井田が気に入っていることから、いつのまにか小沢が非番の日はこの店に通うようになった。
「お疲れさん。今日も混んでいるね」
 井田は座席に座ると表の大広間の方に顔を向けた。
「ほんとそうですわ。いつも、ようけ混んでいますわ」
  井田が小沢とこうして会うようになって五年が経過しようとしている。井田は福井県警の刑事を退職して七年が経過した。捜査一課長までを務めたが、定年後は福井市内の警備会社の相談役に就いた。東尋坊の自殺者防止のパトロールは丁度、井田が小沢と会うようになった当時から始めた。自殺防止のパトロールは地元である三国署の刑事だった林雄一が十三年前に始め、自殺者が十年で半減した。その林の活動を知り、自分から手伝いを申し出たのだった。
「適当に注文しましたんで。生ビールにしますか」
 小沢が聞いた。
「ほやな、ビールやな」
 井田がおしぼりで手を拭いた。
「どや、忙しいか」
 井田が運ばれてきた生ビールを前に掲げた。
「少し落ち着いたんですかね」
  小沢が焼き鳥の盛り合わせを井田の前で整えた。
「結局この前のスーパーのヤマは痴情のもつれか」
  一か月前の九月八日午後八時過ぎ、福井市内のスーパー「幸和」のパート従業員の遠山京子が店の控室で何者かに刃物で胸を突かれ殺害されるという事件が発生した。県警捜査一課は、控室防犯カメラに映っていた男が、京子の内縁の夫で建設業の金井十一と特定。金井が、京子の部屋で酒に酔って寝込んでいる所を逮捕した。
「金井は以前から原発関連で作業を請け負う山林組と関係があったんやろ。確か下請け業者で仕事をしていた筈や。確か人の派遣で問題が発覚したところや」
 井田が焼き鳥のシロを口にした。
「ええ。でも今回のヤマは山林組の仕事とは直接には関係はなさそうです。京子と金井の二人は市内で同棲していたんですが、どうも京子が金井に嫌気をさして浮気に走ったようです。遠山の働く飲み屋で、金井が京子の新しい男の証拠をつかんだのが殺害の原因となったようです」
「女の浮気か、なさけない話や」
 井田がビールを飲み干した。
「いつもの焼酎でいいですか」
 小沢の問いかけに井田が頷いた。
「この前も東京で不倫が原因で男を殺害した女がいたけど、本当に男と女の関係は気を付けないといけないですよ」
 小沢が焼酎のボトルと氷をオーダーした。
「金井はシャブもやっていたんやろ」
 井田が思い出したように言った。
「ええ、京子もやってました。金井のシャブは以前から組織犯罪対策課でも把握していたんですが・・・」
「相変わらずシャブは至るところに蔓延しているな」
 井田が小沢の作った焼酎のウーロン割を受け取った。
「最後は結局、頭がおかしくなるんですわ。でも、やめられんのでしょう」
「どことは言わんが、同業者でも中毒になった者がいた。気を付けんといけんわ」
 井田が小沢の顔を見る。
「ほうですわ、あんなもん。やったら終わりですよ。最終的には自分が何をやっているんか、分からんようになる。金井が言ってました。京子は自分のチワワが車に轢かれて死んだ時、内臓が飛び出たんだけど。そのまま全部集めて、腹の中に入れて冷凍庫にしまっていたって。あ、すみません。こんな場所で。とにかく頭をやられてしまうようですね」
 小沢は一瞬、顔をしかめると気持ちを切り替えるようにして焼酎を飲んだ。
「あんなもんやり始めたら結局、廃人になるんや。金井は泳がせていた面もあったんやろ」
「ええ、そのようですね」
 小沢は井田の焼酎を作る。
「何か注文しますか」
「いや、まだ、いいよ」
  井田が小沢から焼酎を受け取った。
「高浜は大丈夫なんだろうか」
  唐突に井田が切り出した。
 井田の話した高浜とは福井県大飯郡の高浜原子力発電の三号と四号機のことだ。福井では二〇一七年に高浜と大飯で原発が再稼働した。福井には原子力発電所が十四基ある。東日本大震災で活動を停止していた原発のうち、再び三号機と四号機が稼働し始めたのだ。福井の原発はその全てが寿命を迎えている。それがいつのまにか安全審査を合格したとして、先の原発を再稼働させたのだ。大飯と高浜地区の原発はなぜ、再稼働したのか。
 大飯郡高浜町では原発一号機が稼働し始めた一九七四年から東日本大震災が発生した二〇一一年まで電源三法交付金や原発施設の固定資産税などで一二三〇億円の歳入があった。つまり、原発関連で一年で約三三億円の税収があるということになる。しかも寄付金として町長の個人口座に莫大な金が振り込まれてきた。原発が稼働することで莫大な金が町や町長に入ってきたのだ。もちろん反対派も存在し事故が発生すれば究明に力を注いできた。また原発建設で建設関連や宿泊施設関連従事者に仕事が増えるというメリットもある。
  しかし、原発はチェルノブイリや福島のような世界レベルの事故や震災による莫大な被害が発生したわけではないが、福井でもこれまで事故が多発していることも忘れてはならない事実だ。一九九一年に発生した同県三方郡の美浜原発の配管蒸気漏れ事故では四人が死亡、九五年の敦賀市内の高速増殖炉もんじゅの配管漏洩事故では事故の記者会見を開いた原発事業担当者が謎の死を遂げている。自殺と発表された、もんじゅについて内部事情を十分に把握していた者の死は自殺か他殺か今も波紋を残したままだ。
「高浜は本当に今までいろいろあった所やから」
 井田がぽつりと言った。
「確か原発に反対していた町長が脅されて、発電所の警備会社のスタッフがパクられたヤマなんかもありました」
「そう、逮捕された犯人の高田雄一と工藤昇は電力会社側から原発に反対する町長を犬を使って殺害しろと言われたらしい。二人は暗殺のために犬を購入したんやけど、代金が支払われなかった。で、電力会社の担当者に請求した。担当者はそれを警察に通報しそれが恐喝容疑となった。二人は恐喝で懲役二年半、執行猶予四年の有罪になった。結局、電力会社側の方は有罪にはならずにね。ほんの東日本大震災が起こる三年前の出来事や」
「・・・・・」
 井田の話に小沢は黙ったまま焼酎を飲んだ。

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