「海に沈む空のように」第17回 昭雄に届いた不思議なメール

「誰もがわかっていることやけどな。福井がこのまま安全でいられるわけがないってことは」
「しかしそんなことがあったなんて。映画みたいな話ですね」
  小沢が真剣に言う。
「結局、原発十四基も作って。廃棄物の問題を考えたことがあるのかって思うよね。福島の原発の廃棄物だって地方が受け取るなんてことはない。最後は地元が引き受けなきゃいけないってことになる。半永久的に核のゴミを保管しなきゃいけないことになるんや。そんなこと考えたらぞっとするやろ。僕らはあと二十年もしたら死ぬからいいけど、これからここで仕事を探し生活する若い人や、幼い人はどうするのよ。こんな所、住めますかっていいたくなるが」
「そうですね・・・・海あり山ありの何も事故がなければこんなに自然に恵まれたいい所はないんですけど」
「原発問題は福井の問題だけではない。今では世界全体の問題ですよ。でも原発については有力政治家が反対しない」
 小沢が語気を強めた。
「チェルノブイリの原発事故でもあれだけの被害が出たんやから。今はシェルターも老朽化しているしな」
「福島であんな事故が発生してしまった以上、自分も福井に住む人間としてチェルノブイリについては記録を読みました。正確な記録は僅かですが事故処理に関わった作業員は多く、内臓破裂などそれはひどい死に方をしていったようですね。福島の原発もまだ今後の処理については不透明なことばかりです」
 小沢の声が低くなった。
「以前にも福井でも大きな震災はあったしな」
「福井震災では死体が山のように積まれていたって、父親から聞いたことがあります」
「自分もまだ、小さかったから。自分も聞いただけやけどな。大きな地震やったらしい」
「何かオーダーしますか」
 小沢が目の前のメニューを開いた。
「まかせるわ。野菜か、サラダか何かも食べようか」
 井田が言った。井田は現在、一人暮らしだ。妻には十年前に先立たれた。肺がんだった。一人息子がいたが、四十五歳の時に交通事故で亡くしてもいた。
「奥さん元気か」
 井田が小沢の焼酎を作り始めた。
「何とかやっています」
「看護婦さんやから忙しいな」
「ええ、そうですね。でも子供がいるんで、できるだけ夜勤はしないように頼んでいるようですけど、勤務シフト上、調整がなかなかむずかしいようです」
「息子さん、いくつになった?」
「今年で十歳ですか」
「大事にせいよ。とにかく家族は宝やから」
 井田の表情が柔らかい。以前に小沢は井田が酔って自分の家族は自分が殺したも同然だと責めていたことを思い出した。自分の刑事という職業が家族を殺したというのだ。小沢は井田のそんな言葉を聞きながら、井田の厳しい刑事人生を感じた。井田が東尋坊で自殺者防止のためにボランティア活動をしている気持ちも分かった。
「新聞記者と刑事の嫁にはなるなって言われる程やから」
 井田が少し申し訳なさそうな表情を見せた。
「大丈夫です」
「社会がようなるよう、悪いことをなくして人の役に立つためにやっていることやからな」
 井田が頷きながら野菜サラダを口にした。
「ええ、頑張りますよ」
「今は自分もOBやから、ある程度は自由に言えるけどな。どうすることもできんこともあるけど、体は大事にせんとな」
 井田が笑った。
「ええ。資本ですから、体は」
小沢が頷いた。
「そろそろ行こうか」
井田が腕時計を見た。午後十一時を少し回ったところだ。
「ここはいいから」
 井田がレシートを手にした。
「いつもすみません。ご馳走さまです」
 小沢が井田の後についた。店内はピーク時よりは少し客が減っていたが、まだ席の六割に客が埋まっている。
「本当にここは流行っていますね」
「うまいからな。焼き鳥・・・・」
 出口付近で店長が直立したまま二人を待っている。
「いつもご利用ありがとうございます」
 ドアを開けると店長が丁寧に頭を下げた。
「おいしかった。ご馳走さまでした」
井田も小沢も決して職業を明かしていないつもりだが、二人の会話から何となく職業を気付かれてしまっている様子だ。
「自分はタクシーで行くけど、小沢君はどうする?駅くらいまでなら送れるよ」
「それじゃ、自分も駅までお願いしていいですか」
小沢が遠慮なく言った。井田は近くのタクシーに手を挙げた。

 志賀昭雄は夕方の六時三〇分過ぎに自宅に着くとシャワーを浴びた。トレーナーに着替えテレビのスイッチを入れ、パソコンの置いてあるテーブルの前に座ると画面をオンにした。パソコンが起動し始める。昭雄はテレビから聞こえてくるニュースを何気なく聞いた。
 福井テレビでは夕方の民放のニュースを放送している。家族が住む東京のキー局の全国のニュースも、今、自分が住む福井の出来事も関心があった。
 まず地元でどんなことが起こっているかを知らなければ営業マンとしては失格になる。また、ネット社会になり情報伝達が早くなったとはいえ、生の世間話ができなければ話をつなげることができないのは昔も今も変わらない。もちろん、家族のいる東京の状況も気になる。
 パソコンの画面が立ち上がるとアウトルックを起動させた。昭雄はスマホでもパソコンのメールが届くように設定していたから、常に何が送信されているかを把握することができた。それでもパソコンを確認するのは、単純にパソコン画面が大きく何かと重宝だということに過ぎなかった。
 昭雄は最近、自分が会ったことのない人物からメールを受信するようになった。そのメールは九月ごろから送信されるようになった。それは決まって日曜日の夜に届くのだった。不審な迷惑メールなら受信拒否にしてしまうのだが、内容が昭雄にとって迷惑なものではなかったからそのままメールを受信し、内容に関して自分なりの考えを書き込み返信することもあった。発信者のメールアドレスは聞いたことも見たこともないものだった。誰かがいたずらをしているのは分かったが、昭雄にとっては不快なメールとは言えないほど内容は、自身を励まし続けている。
 昨日の夜のメールには「人は辛い時期に遭遇した時、もう一つ、大切な経験をします」と書かれていた。自分の身の上を知った宗教団体からの勧誘かも知れないと思ったりしたが、それでも昭雄は感じることがあったから、メールはそのままにしていた。そしてもう一つ井田一郎から届いたメールをクリックした。スマホにも今日の昼過ぎに届いたが返事を出していなかった。
「お元気ですか。今度、紹介したい人がいます。暇な時にでもご連絡ください。東尋坊 心の会 井田一郎」とメールには書かれていた。
「ありがとうございます。土曜日の午後か日曜日ならお会いできます。よろしくお願いします」と昭雄は返信した。メールが井田から返信されてきたのは午後八時過ぎのことだ。昭雄は夕飯を食べてテレビを見ていた。スマホで受信した井田からのメールには「土曜日の夕方六時頃に食事でもしませんか。高田花子さんという女性を連れていきます」と書かれている。
 メールはもう一本届いていた。「すみません。途中で送信してしまいまいした。高田さんは二十二歳の若い人です。酒を飲むのが好きな元気な人です」と書かれていた。特に土曜日は用事がなかったから昭雄は「土曜日の夕方は大丈夫です」と返信した。十分後に「それじゃ土曜日の午後六時に福井市内のどこか店で会いましょう。店は決まり次第に連絡します」と返事が来た。

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