「海に沈む空のように」第21回 家族の再会と昭夫に届いた不思議なメール

 三鷹駅で志賀昭雄は南口の改札を出ると左の方の歩道橋に向かった。階段を降りそのまま公園口の方に歩く。十分ほど歩いた所に通いなれた公園の入り口が見えた。暗く細い公園の脇道を歩く。ひっそりとした園内には自分しか歩いていない。ふと目の前を誰かが過ぎ去ったような気がした。昭雄は一瞬、寒気を覚えたが、「誰?」と独り言を放った。白い影は昭雄の先を飛ぶように歩く。「優子か」、思わず昭雄は声を発した。
 やがて園内の細い道が開けた。薄っすらとした明かりが目の前に広がる。住宅街が浮かんだ。昭雄はさらに左の方に進んだ。東京から福井に転勤になった昭雄にとっては、久しぶりのなつかしい一軒家が見えた。標識に志賀と書かれている。昭雄はゆっくりと鉄の門を開けた。台所に灯りがついている。
「ただいま」
 昭雄は静かに玄関で靴を脱ぐ。台所には誰もいないようだった。
 午後九時半、妻の時子も娘の陽花も自分の部屋にいるのだろうか。昭雄は荷物を台所の隅に置いた。そのまま奥の客間の手前の部屋に入る。仏壇の前に座り静かに手を合わせた。目を開けると雄一郎と優子が静かに笑みを返す位牌が目に浮かんだ。あまり人が入っていないせいか冷気を感じた。そのまま洗面所で手を洗いキッチンに進む。テーブルには夕飯が支度されている。透き通った薄いビニールがかけられていた。昭雄はそのまま奥の部屋に向かおうとした。
「おかえりなさい」
 と同時に時子が奥の部屋から出てきた。
「ただいま」
 昭雄は少し声を大きくした。
「遅かったわね。悪いけど先に夕飯はいただいたわ」
「どうしても会いたい人がいてね。ジャーナリストなんだけど」
「何かあったの」
 時子がお茶を炒れる。
「親父と優子のことを書いた人なんだ。時田さんって・・・」「以前に週刊誌で書いていた人?」
 時子が昭雄にご飯を差し出した。
「そう、あの記事のことがどうしても気になってね」
「私も読んだわ。お義父さん、うつ病だと思っていたんだけど、ちょっとびっくりしたわ」
「陽花は寝たの」
 昭雄が話を変えた。
「まだ、起きていると思うけど。明日もピアノの練習があるから、そろそろ寝る頃ね」
「調子はどうなんだろう」
 昭雄がご飯を口に入れる。朝早くから動き続けたせいかいつもより食欲が出た。
「学校の方もうまく進んでいるの」
「来年からは受験勉強に時間を割り当てなきゃいけないから、ピアノはしばらくお休みするかもね」
「もう受験か、なかなか大変だね陽花も」
「早稲田大学あたりに入学できたらいいんだけど」
 時子は以前から子供は早稲田大学に入学させたいと口癖のように言っている。
「早稲田あたりに入れれば仕事では苦労しないからね」
「陽花次第だから、どうするか分からないけど」
 時子がお茶を口にした。
「明日は何時ごろに福井に行くの?」
 思い出したように時子が聞く。
「午後二時過ぎの新幹線だから、昼頃にはここを出るよ」「昼食は家で食べていく?」
「そうだね。少し早くなるけど食べていくよ」
「明日の朝は一家三人で食事できそうだわ。でも悪いけど、九時過ぎには家を出なきゃいけないからせわしないわよ。洗濯物は洗濯機に入れといてくれればいいから」
 時子もこの半年は日曜日に出勤している。
「もう少しゆっくりできればいいんだけど」
「仕方ないわよ。私たちが福井に行くわけにもいかないし」時子はそう言うと、昭雄の食べ終わった食器を洗い始めた。
「お風呂は今、灯をつけるから」
「悪いね」
 昭雄も席を立った。
 寝室に入るとベッドの上のトレーナーに着替える。寝室はいつの頃からかベッドを二つ置くようになった。そういえばこの一年は時子と寝床を一つにしたことはない。事件が発生してからは寝室で、話すことも少なくなっていた。昭雄が福井に転勤になってからは、一週間に一度、メールで連絡しあう程度になった。昭雄も時子もまだ四十歳を過ぎたばかりだ。 まだ寝床を別々にするには早い。
 事件が発生してから何かが崩れかけている。どうすることもできない亀裂が昭雄の人生にはいり、それはかけがえにない家族の絆さえ希薄なものに変えようとしている。やはり順風満帆な人生などない。一寸先は闇なのだ。この世界では我々は常に目の前に悪魔が手を差し伸べていることに間違いない。昭雄は湯舟に浸かりながら深呼吸した。
 翌朝は陽花も交え三人で朝食を食べた。陽花は元気だったが、少し眠そうに見えた。無理もない日曜日も十時からピアノの練習に出かけなければいけないのだ。時子も陽花も久しぶりに会う夫や父親に構っている時間はないようだった。一時間ほどの短い会話は昭雄にとって物足りない感じはしたが仕方がないことだと自分を納得させた。昭雄も一人で少し早い昼食を済ませると中央線に乗り、東京駅へと向かった。
 午後二時三十三分東京発の新幹線は満席とアナウンスされた。昭雄は自分同様に単身赴任の乗客が多いのだろうかと辺りを見渡したりした。東海道新幹線は予定通り米前駅に午後四時四十四分に到着、昭雄は四時五十六分発の特急「しらさぎ十一号」に乗り換えた。外は既に暗くなりかけている。座席をユーターンさせ、再度、指定座席の番号を確かめた。昭雄は東京での生活が長かったせいか、この地域に漂う何か都会にはない寂しさに慣れないでいた。
 一度に父親と妹を失うという苛烈な状況が、自分の気分を沈ませていると感じていたが、どうもそれだけではない。米原駅のホームに立った時点で空気が変わるのだ。確かに日本海側に漂う重い冷気のようなものがあるのだ。昭雄はそんなことを考えながら空席の目立つ特急の席に身を沈めた。
「しらさぎ十一号」は予定通り運行し午後六時前に福井駅に着いた。昭雄は駅内の売店で弁当を買い、タクシーに乗り込んだ。
 午後六時半過ぎに自宅に着くと着替えシャワーを浴びる。まだ短期間で福井から東京まで行き来することに慣れないせいか、いつも以上に疲労を感じる。やはり福井に戻ると部屋の冷たさを嫌でも感じざるを得ない。
午後八時過ぎ、食事をした後でスマホに一件のメールが届いた。オバマメガネの谷由紀子からだった。
「谷です。今度の土曜日はお忙しいですか。バンドのメンバーで練習を始めたいと思います。午後二時から駅前のアオイスタジオで六時間程ですが、いかがでしょうか。よろしくお願いします。皆さんの都合をお聞きしたいので、なるべく早めに御返事をお願いします」
 昭雄は東京から送ったギターが明日届くのを思い出した。
「谷様、今度の土曜日は大丈夫です。楽器もジャムステックだけでなく、エレキギターとアコーステックギターが土曜までに揃います。お伺いできます」
昭雄は由紀子にメールを返信した。
「ありがとうございます」
 由紀子から返事はすぐに来た。メールにはアオイスタジオのホームページのアドレスも記載されていた。昭雄はもう一件のメールを開いた。送信者不明のメールだ。
「仏教ではこの世界を生きること自体が苦しみだと言います。この苦しみから逃れる方法を仏教は説いています。究極的には我という存在は無いとします。それが無我の境地というわけです。本来の私という存在はあいまいなもので、確固たるものは無いというのです。だから現実の辛さに翻弄されることもないというわけです」
 昭雄は目を閉じて深呼吸する。
「福井には永平寺という曹洞宗の禅寺があります。ここを開いたのは道元禅師です。全国から修行者が集まる有名なお寺です。せっかくですから一度、でかけられてはいかがですか。禅の教えには、『ただ生きて死ぬと』というのがあります。だから他の一般的な常識などはあまり重要ではないということですね。ただ、生きて死ぬだけの命・・・・日々を精一杯、前を向いて生活していく。また禅では八日間、食べず、寝ず、座禅を組んだままでいるという修行があります。この修行では自分というものを否定してしまう。無我の境地になるわけです。辛いことや苦しいことが多い毎日の生活の中では、つい自分を捨ててしまいたくなることもままあります。我々はこの、死んでしまいたいという煩悩から逃れられないことがあります。今の現実から逃げたい、死にたいと思ってしまうのです。でも、仏教ではこの煩悩もなくさなければならないと説きます。食べず寝ないというのは、人間の基本的な欲を否定する。そんな煩悩をなくす修行の一つでもあります。無我、つまり辛いと思う気持ち、苦しいと感じる気持ちを持つ煩悩を持つ私など本来は無いのだ、というのです」
 昭雄は差出人のわからないメールを読みながら目を閉じ続けた。

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