「海に沈む空のように」第25 回 音楽があったから生きてこられた

「どうですか。今度は懐かしい『ハイトーン』の曲でいきませんか」
唐突に岸田が言い出した。「ハイトーン」は一九七〇年代に人気のあった三人グループのグループだ。女性ボーカルの高井憲子を中心に夫の田中文雄、町田良らで結成され一九九四年の解散まで数多くのヒット曲を生み出した。
「『ハイトーン』か、なつかしいな」
 昭雄が言った。
「志賀さん、ご存じですか」
 岸田が身を乗り出した。
「ええ、松井ようこのカバー曲が大ヒットしましたね。『旅行写真』とか」
「そう。『旅行写真』なんかは、今でもよく聞く曲ですね。私は松井ようこのファンだから。『ハイトーン』の曲は聴きました」
「由紀ちゃんは、練習で知ったんや。実はこの曲は僕ら以前にも演奏しています」
「そうですか。僕も松井ようこの曲は分かるし、大丈夫ですよ。今度の練習までに楽譜を書いてきますよ」
 
 昭雄は久しぶりの楽譜書きに自分が正確にできるか少し心配ではあった。
「志賀さんに楽譜もお願いしていいですか。新しい人に書いてもらった方が編曲も新鮮になるやろうし」
 岸田が由紀子と林の顔を見た。
「その方がいいやろ」
 岸田からの問いかけに由紀子と林が頷いた。
「じゃあ、『雨』『海辺の町』『ハロー』あたりでどうやろ」
「あと『イースター』なんかもいいと思います」
 昭雄が岸田の提案曲に付け加えた。
「全部がハイトーンの代表曲だから、我々は演奏しやすいわ」
 林が声を弾ませた。
「じゃあ、来週の土曜日までにバンド用に楽譜は書いてきます」
昭雄が傍らのギターを手にした。
「志賀さん、仕事は忙しくないですか。たった一週間で書けますか」
 林が聞いた。
「たぶん、大丈夫ですよ。勘が戻れば・・・ですが」
「あまり、無理しないでいいですよ。むしろ、できるまでは市販の楽譜で演奏すればいいから」
 岸田が言う。
「皆、曲は知っているようだから、今日、少しでも演奏できる範囲でやってみてもいいわ。楽譜は市販のものを持ってきたし」
 岸田が四冊の楽譜をそれぞれに渡した。
「ちょっと、中でやってみますか」
 岸田が言う。全員が中に入った。
「『雨』をやろう。由紀ちゃんのキーボード、大丈夫かな」由紀子がキーボードを軽く奏でる。イントロがスタジオ内に響いた、昭雄もギターを弾き始めた。そして岸田のベース、林のドラムが続く。やがて、由紀子が唄い始めた。なつかしい響きがスタジオ内に静かに広がる。あの名曲だ。昭雄も懐かしさにギターの指が自然に進んだ。指の動きは少しぎこちないが、コードも間違ってはいない。
「旅行写真の思い出が、二人の絆をむすびつける」
 由紀子のボーカルが研ぎ澄まされた音に変わる。音楽はいい、昭雄は改めてギターを演奏しながら思う。音楽で自分はプロとして生活することができないままにここまできたが、まさかあれほど好きだった音楽を自分がやめるとは思わなかった。
 
 音楽に自分は励まされながら生きてきたのだ。その音楽から自分は離れたのだ。あれだけ自分の生きる糧になっていた音楽さえ、悪夢の出来事は奪ってしまった。そして、今、自分の家族さえ奪おうとしている。
「いいね。いいよ。これはいける」
 演奏が終わると岸田が大きな声を発した。
「さすがですね。志賀さん、たいしたもんです」
 岸田が昭雄の演奏を褒めた。
「ブランクを感じさせないですよ。本当に」
 岸田が興奮した様子で続けた。
「いや、演奏するのがやっとですよ。やっぱり指が全然、ダメですね。勘が鈍っています」
 昭雄が照れた様子で応えた。
「まだまだ、これからということは、本当に楽しみですよ」岸田がベースを置く。
「本当に半年ぶりって感じはせんわ」
 林がドラムのシンバルを軽く叩いた。
「由紀ちゃんもいい調子やし」
 岸田の声に由紀子が指でオーケー印を出した。
「じゃあ、この調子で行きましょう」
スタジオでの練習は午後八時まで続いた。
「どうしますか。今日は皆、車だから、酒を飲むというわけにもいかんし。また、今度にしますか」
 岸田が後片付けをしながら言う。
「その方がいいわ。自分もやらなあかんことがあるし」
 林が答えた。
「じゃあ、打ち上げはしばらくしてからやな。志賀さんも疲れたでしょう。明日はゆっくり休んでください」
「ありがとう。今日は久しぶりで楽しかったですよ。紀子さんの声も通りますね」
「ありがとうございます。でも、まだまだです。もっと練習します」
 由紀子が明るい声で答えた。
 昭雄はスタジオを出るとメンバーと別れ車の後方座席にギターを入れた。久しぶりにギターを弾いたことで、東京で活動していた頃のことが脳裏を蘇える。バンドを辞めると伝えた時、メンバーの戸田典夫と春山こずえはいつでもバンドに戻ってきてほしいと言った。
 
 昭雄の家族に何が起こったのかは二人とも十分に理解していたから無理にとめることはなかった。当時、昭雄はできるならこの世から消えてしまいたいと強く考えていたのだから、音楽活動どころではなかった。でも、今、その音楽が自分をいつのまにか勇気づけ、この世に生きる理由になっていることが分かった。久しぶりにギターを弾いた瞬間に、さまざまな思い出が蘇ってきたのだ。
 
 妻の時子と出会ったのも音楽がきっかけだったし、会社に長く勤務し続けてこられたのも音楽をやってきたからだ。昭雄は人材情報会社の営業マンとして、それなりの成績を残してきたものの、いつのまにか自分の勤める会社で出世したいとは考えなくなっていた。
 
 このことは同じバンド仲間、全員に共通していた。大手の会社に入社したが、バンドの皆はどこかで音楽をやることで生きていれると感じていたのかも知れない。そして、今、再び昭雄は福井という、それまで自分が知ることのなかった地方の県で音楽を再開したのだ。

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