小説「海に沈む空のように」第31回・昭雄の警護に動いた福井県警

●前回までのあらすじ
 志賀昭雄は福井駅近くの居酒屋で高田花子らと飲み会が終わり自宅に戻った。アパートのドアを開けると間に挟まれていた封書が落ちた。封書の中には便せんが入っており、昭雄を殺すという脅迫文が書かれていた。翌日、昭雄は目を覚ましても文書のことが気になり、東尋坊をパトロール中の井田に連絡をする。

「脅迫文を知り合いの刑事に取りに行かせます。鑑識に指紋を採ってもらいましょう。必要があれば警護に行かせます」
 井田一郎の対応に志賀昭雄は驚いた。通常であれば警察もそこまでの行動には出ない筈だ。井田はこれまで昭雄の家族に何が起こったのかを熟知しているが故に敏速な対応に出たのだ。
「厳重に注意してください」
 井田はそう言うと急いで電話を切った。十分後に福井県警捜査一課の宮川雄二から昭雄に連絡が入った。一時間後に昭雄のアパートに来た宮川は非番だったらしく普段着のままだった。警察手帳を見た昭雄は安心し丁寧にお礼を言った。
「落ち着くまで、警護に当たらせていただきます。家の周辺を刑事がうろつくことがあると思いますが」
 
 宮川は昭雄が井田の知り合いと聞き、対応に十分に配慮している様子がうかがわれた。
「井田から志賀さんについてはうかがっています。今日は特に変化はありませんか」
玄関に立ったまま宮川が聞いた。
「今のところは大丈夫です。今日、午後二時から人に会う約束があるんですが。外出は大丈夫ですか」
「とにかく、しばらくは気をつけてください。我々も警護できればと考えています」
「でも、申し訳ないです。こんなことで」
 昭雄が頭を下げた。
「今日と明日は自分が対応させていただきます」
「今日は休みではないですか」
「気にしないでください。何かが起これば動かなければいけない仕事ですから。不審な気配がしたら、こちらに連絡ください」
 宮川は携帯電話の番号を書いたメモを渡した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 福井県警の対応の早さに昭雄は自分の置かれている状況が普通ではないことを再認識させられたような気がした。それは何か重い石のような鈍器で殴られた程の痛みだ。福井で出会った人々は何の問題もなく普通に幸せに暮らしている人がほとんどだったが、中には恵まれない人もいた。しかし、そんな人たちも、昭雄同様に自分の痛みを受け入れながら懸命に生きていることは確かだった。
 昭雄は昼食を食べ終えると茶碗を洗いながら冷蔵庫の上の時計を見た。そろそろ二時の約束に出かける時間だ。デーバッグに用意した資料を入れ、ズボンのポケットにはスマホを入れた。玄関に出て鍵をかけ辺りを何となく見渡した。雨が断続的に降り続いている。雨の中でグレーのアコードが一台、停車していた。宮川が警護待機していてくれたのだ。宮川は鑑識らしき人物と話している最中だった。
 昭雄は頭を下げるとアパートの前に停車している自分の車のドアを開けた。車の運転席に乗りエンジンをふかしながら、再度、辺りを見渡した。不審な人物は見当たらない。昭雄はゆっくりとアクセルを踏んだ。車内に流れるラジオで天気予報が流れている。
 今日は一日中が雨で明日には曇るという。昭雄は雨が多いことに少しうんざりしていた。しかも、寒さが違う。東京に住んでいた頃より格段に温度が低い。打たれる雨の後方には重い雲がフロントガラスの向こう側に広がった。そういえば福井に限らず東京でも降水量が増えていて、雨の日が多いとニュースで聞いた。全国的に台風は増えており、温暖化による異常気象は日本の四季に既に大きな変化をもたらしている。
 昭雄は国道から市内に入り、そのまま駅前付近の駐車場に向かう。土曜日とあって付近はさほど混んではいない。有料駐車場の隅に車を停車させエンジンを切ると、表を見渡した。気になる人の気配はない。スマホを取り出し開けるとメール画面を押す。午前中に送信した妻の時子から返信が来ていた。
「こちらは異常はありません。ご心配なく」
 返信メールは短く書かれていた。
「変わったことがあったら何でもいいから連絡ください。十分に気をつけて。陽花の学校の行き帰りも気を付けた方がいいよ」
 昭雄は再度、時子にメールを送信した。車にキーをかけ駐車場を出ると、そのまま福井駅前の商店街の方に歩く。妙子とは午後二時に福井駅の中央改札を出た所で待ち合わせしている。昭雄が改札近くに到着すると妙子は既に来ていた。まだ、会って二度目だったから顔をはっくり覚えているということでもなかったが、車椅子生活の弟を連れて来ているということが、すぐに妙子だと分かったのだった。
「こんにちは」
 妙子は笑顔で昭雄に挨拶した。
「お休みのところ、ありがとうございます」
 妙子の隣にいる車椅子に座る弟も頭を下げた。
「どうも、どうも。待ちました?」
 昭雄が挨拶した。
「さっき来たばかりです」
 妙子が答える。
「弟の真一です」
「はじめまして。よろしくお願いします」
 真一は丁寧に頭を下げた。
「どこか喫茶店に行きましょう。なるべく近い所がいいね」
「大丈夫です。遠くでも」真一が言う。
「じゃあ、商店街の方に行きますか」
 昭雄が真一の後方に回った。
「気にしないでください。自分で行けますから」
 真一が車椅子を動かした。
「真一君は最近に一人暮らしを始めたんでしょう」
 車椅子の背後から昭雄が言う。
「そうなんです。つい最近なんで。まだ心配なんですけど」
 妙子が少し声を大きくした。真一は黙ったまま前に進む。
「市内で生活するのも初めてなんでしょう」
「そうなんです。私が近くに住んでいるからって引っ越しちゃって」
「大丈夫ですよ。バリアフリーの作りの家だし」
「スポーツの世界でもそうですが、最近は本当に障害を持った人も勇気のある人が増えて、一般人に負けないような生き方をする人も増えているから」
 妙子が真一の方を向く。商店街に入ると喫茶店「ドテール」の看板が見えた。
「ここにしましょう」
 昭雄が中をのぞく。
「食事はとったの?」
 昭雄が妙子に聞いた。
「食べてきました。真一はコーヒーでいいの?」
「そうだね。コーヒー」
「じゃあ、コーヒー三つね」
 妙子の顔を見ながら昭雄がカウンターの方に向いた。「そこの広い席がいいんじゃないの?」
昭雄が比較的、近いスペースを見た。
「先に行っています」
真一が車椅子をゆっくりと進めた。

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