路上記34「敗北を力に変える人々〜路上を這ってでも襷(たすき)を渡す。実業団女子駅伝とボクシング世界ミドル級戦にみる〜」

 朝、晩、めっきり冷える季節となりました。まだ、身体があの暑い夏の余韻を残したままで、急な寒さに身体がついていかないと感じている方も多いのではないでしょうか。天野はまだ、この状況になっても昼間は半袖のTシャツ1枚で仕事をしたりしています。それでも汗をかくのです。この時期でも、そしてもっと寒い冬になっても、路上を薄いユニフォーム1枚で汗をかきながら走り続けるのがランナーです。
 
 1週間前の出来事になってしまいますが、10月21日に開催された全日本実業団対抗女子駅伝大会(予選会)でハプニングがありました。2区を走った岩谷産業の飯田怜選手は、2区ゴールまで200メートルに迫りながら足を骨折してしまい、路上を這いながら途中棄権せずに区間を走りきり3区の選手に襷(たすき)を渡したのです。
 
 監督は飯田選手が転倒した時点で棄権の指示を出しましたが伝達が遅れこの状態となったのです。チームは27位から21位まで上がり健闘しました。怪我をして転倒してまで走った飯田選手の健闘をほめる人、いや棄権すべきだったという人など、いろいろ見方はあると思いますが、天野は素直に飯田選手の健闘に拍手をおくりました。この日、優勝したのはワコールで満面の笑みを浮かべながらゴールしたのは、アンカーをつとめた福士加代子選手でした。
 
 福士選手はご存じの方も多いと思いますが3000m、5000mの日本記録保持者で、10km、15kmのアジア記録保持者です。マラソンも走り2006年世界陸上モスクワ大会女子マラソンでは銅メダル、13年と16年の大阪国際女子マラソンでは優勝しています(ウイキペディア)。かつて、この福士選手も何度か転倒した経験があるのです。
 
 彼女は02年の全日本実業団対抗女子駅伝大会で転倒し膝の靱帯を痛め半年間、走れませんでした(「トップアスリート 小松成美著、扶桑社」)。さらに6年後の大阪女子国際マラソンではゴールを目の前にして4度も転倒しました。既に一流の選手でしたが、マラソン転向時期のレースではうまくいかなかったのです。しかし、辛い状況にあっても笑顔でした。そして持ち前の負けん気の強さは4年後にはモスクワ大会で開花しました。福士選手は本当に笑顔の多い選手です。見ていて自然とこちらも励まされる人です。あの辛い状況での笑顔は何よりも陸上を楽しんでいる証拠です。
 
 21日に女子駅伝がスタートした1時間前に、米国のラスベガスではボクシングのWBA世界ミドル級タイトルマッチがメインイベントで行われました。日本人のチャンピオンである村田諒太選手が、3位のロブ・ブラントと2度目の防衛戦を行ったのです。指名試合のチャレンジャーらしくブラント選手は開始のゴングから村田選手を攻め続けました。
 
 村田選手はガードしますが、ブラント選手のワンツー、そしてジャブは村田選手の顔面に的確にヒットします。5ラウンド、村田選手の右ストレートがヒットしますが、ブラント選手は後退しません。9ラウンドにもパンチがヒットしますが、ブラント選手も反撃しお互いの激しい打ち合いが続きました。
 
 ラウンドが重なるごとにいつのまにか村田選手の顔面には深い傷跡が残っていきます。一方、休むことなくパンチを出し続けるブラント選手はガードもうまかったのです。顔には深い傷は一つも残りませんでした。また、村田選手は追い込まれたラウンドもありましたがマットに倒れることはありませんでした。しかし結果は3-0で村田選手の判定負けとなったのです。
 
 アマチュアボクシング金メダリストの敗北・・・・天野は1968年のメキシコオリンピック金メダリストでプロのヘビー級チャンピオン・ジョージ・フォアマン選手のことを思い出しました。フォアマン選手はモハメド・アリ選手との試合に負け引退し、その後に復活し45歳で世界チャンピオンに返り咲いた奇跡の男です。
 
 フォアマン選手はアリ戦後に、ロッカールームで血だらけのイエス・キリスト像を見て以降、クリスチャンに転向します。30代後半にしてボクサーとして復活したのは、自分が宣教師として運営する施設を建設するためでした。聖書とイエス・キリストへの彼の強い想いが、奇跡のような夢を実現させたのです。
 
 村田選手は読書家でも有名です。愛読書の一つに精神科医でアウシュビッツ強制収容所を生き抜いたヴィクトール・フランクル氏の本があります。これまでも練習の合間に調子がよくない状況になった折にはフランクル氏の本に目を通すこと話していたことを、以前に村田選手を特集したテレビ番組で見たことがあります。
 
 フランクル氏の本は現在でも世界中で愛読され続けています。その中でも「それでも人生にイエスという」(山田邦男、松田美佳訳 春秋社)は日本でも多くの方々に読まれている本です。この本では人間が苦境に陥った時に、人は自分の避けられない辛い運命をどう受け入れ、克服していけばよいかなどが書かれています。
 
 また、「苦しみの中でこそ、あなたは輝く」(山田邦男著、PHP研究所)は、フランクル本の多くを翻訳してきた著者が、持論を交えながら著作を分かりやすく解説したものです。著書の中では「苦悩は、あらゆる人間にとって避けることのできないものである。それはまさに人間の本質に属しているからである。苦悩はまさに人間の普遍的運命である」ことが述べられ、「苦悩は功績であり、成長です。しかし、また苦悩は成熟でもあります。というのも、自分を超えて成長していく人は、自分自身へと成熟していくからです」と書かれています。
 
 ボクシングの世界チャンピオンとして敗北を喫した村田選手が再度、ボクサーとしてリングに立つかどうかは今日の時点(28日)では分かりません。しかし、村田選手は自分がどんな状況になっても、これからどう生きていこうとも最後まで「人生には意味があり、人生が期待している」(フランクル)ことを知っています。

ボクシング8

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