小説「海に沈む空のように」第35回・昭雄を襲った男の意外な動機

●前回までのあらすじ
 「越前海岸マラソン」がスタートした。高田花子と井上妙子はお互いのペースで走り始める。志賀昭雄と妙子の弟・真一はスタート地点で二人のスタートを見守った。青い澄み切った空を悠々とした海が広がる。昭雄は初めてみる海の雄大さに圧倒される。そんな時に昭雄を襲おうとした男が現れたが、その場で福井県警の警護に逮捕された。昭雄は安堵し、そのままレースを見とどける。

 昭雄は駐車場で真一を助手席に乗せゴール地点に向かった。
東尋坊のゴール地点のキャンプ場に妙子が走ってきたのは、午後十二時を三十五分過ぎた頃だった。青く澄んだ空と海が広がる中で妙子はゴールする瞬間、大きく両腕を上げた。
「おめでとう」
 真一がすぐ近くで拍手する。
「おめでとう。凄いね。たいしたもんだ」
 昭雄が拍手し続けた。
「花ちゃん、大丈夫かな」
 妙子が何度も大きく深呼吸しながら言う。
「大丈夫でしょう。彼女も調子は良さそうだったから」
 昭雄が笑顔で次々にゴールする選手たちに拍手をおくる。
「冷えるといけないから」
 真一がバスタオルを妙子に渡した。
「五分ほど予定より遅れたわ」
 妙子がバスタオルを受け取りながら言った。
「ほんでも、今までで一番早いやろ。三時間三十五分やから」
 真一が妙子にスポーツドリンクを渡す。 
「まあ、まあやな」
「おめでとう。妙ちゃん」
 一足先にゴールしたクラブの先輩が声をかけてきた。
「ありがとうございます」
 妙子はタオルで額の汗を拭きながら笑顔で答える。それから約二十五分後、昭雄の腕時計が午後一時を回りかけた瞬間に、花子の姿がゴールに向かうコーナーを回った三十メートル前に現れた。
「あ、花子さん」
 昭雄が声を上げた。
「花ちゃん、頑張って」
 妙子も声を出す。
 
 ゴールした瞬間に花子が膝を左右に振りながら崩れるように倒れた。ゴール時間は午後一時二分過ぎだった。
「凄い屋や、花ちゃん、早くなった。やった、やった」
 妙子が自分のように喜んだ。
 花子のゴールタイムは四時間二分、これまだとは三十分近くタイムを短縮した。
「すごいね。花子さん。りっぱ、りっぱ」
 真一が花子にもバスタオルを渡す。
「おめでとう、花ちゃん。よく頑張ったじゃないか」
 クラブの先輩が声をかけてきた。昭雄も何か身体が熱くなったような気がした。
 その日、昭雄は東尋坊のレストランで花子や妙子たちと食事をした後で福井市内まで三人を車に乗せ送り真っすぐに帰宅した。井田らが逮捕した男のことが気になっていたのだ。マラソンレースの会場では敏速に男は逮捕され、すぐ近くに駐車していた車に連行されたことから幸いにも大騒ぎにはならなかった。
 
 昭雄は自分を襲おうとした男の顔を刑事たちに連行される瞬間に見たが、自分に身に覚えのある人物ではなかった。むしろ、そのことが昭雄に不安を煽っていたといえていた。
午後六時過ぎ昭雄はシャワーを浴びトレーニングウエアに着替えた。
 居間にあるテレビのスイッチを入れ、次にパソコンの置いてあるテーブルの椅子に座り、パソコンのスイッチを入れると目を閉じた。メールはスマホと連動しているから、特に自分が気になるものが届いていないことは分かっていた。
 むしろ気になっていたのはニュースだった。必ず今日の自分に関する事件のことがテレビで放送されると思っていたのだ。しかし、北朝鮮の核ミサイル発射のニュースや、神奈川県で九人が殺害された猟奇殺人事件の続報が大きく報道されるだけで、午後六時台の民放のローカルニュースでも放送されなかった。
 ネットならどこかのニュースサイトが取り上げる可能性はある。昭雄は検索欄に福井越前海岸マラソンで事件と打ちクリックする。越前海岸マラソンに関する項目がパソコンの画面に次々にアップされる。しかし、襲撃未遂事件に関する記事は見当たらない。昭雄は再度、アウトルックをクリックする。次の瞬間、スマホの電話が鳴った。画面には井田の名前が点滅している。
「はい。志賀です」
 昭雄は大きな声で電話に出た。
「その後、何か変わったことはないですか」
「お疲れさまです。今日はありがとうございました。現在のところ大丈夫です。おかげ様で無事にマラソンも終了しました。花ちゃんたちも無事に完走しました」
 昭雄は声も大きくなった。うれしい感情がストレートに出たのだ。
「いや、本当に無事でよかった。宮川君が頑張ってくれた」
「驚きました。まさか、あんなに近くまで自分を追ってきているとは思いませんでした」
「先日、志賀さんに届いた脅迫文の指紋と一致しました。犯人は谷川恭二、六十三歳、職業はスーパーの食肉加工業、現住所は東京都荒川区・・・・」
 資料を読むように井田の話が続く。
「どうして自分を襲ったりしたんですか。本当に分からないんですが」
 昭雄は深呼吸しながら聞いた。
「すぐに自供しましたわ。二十年前に荒川で発生した信用金庫強盗殺人事件で逮捕された谷川淳一の弟です。ご存じかどうか、この事件の裁判を志賀さんのお父さんが担当していました」
 井田の抑制のきいた声が昭雄の耳に静かに響いた。

ランナー2

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