小説「海に沈む空のように」 第38回・昭雄に届いた真実を伝えるメール

前回までのあらすじ
 「越前海岸マラソン」が終わった。翌日、志賀昭雄はいつも通り会社に出社した。早朝に自分の会社が入るオフィスビルで働く清掃員と話しているうちに、ふと東京のバンド仲間のことを思い出した。清掃で働く人にもバンド活動をしている者がいたのだ。
 社内では誰もマラソンレースで発生した事件について聞いてくることはなかった。昭雄はそのまま、いつも通り仕事を終えると、帰宅途中にスーパーに寄った。
 福井の空に雪が舞い始めた。
 
 志賀昭雄はもともと酒はそれほど飲む方ではなかった。たばこはもちろん吸わない。酒は東京に住んでいた頃は、バンド仲間と練習やライブが終わった時の打ち上げで口にする程度だった。
 
 仲間には酒やたばこが好きなメンバーもいたから、昭雄も自然と飲み会には付き合うようになっていたが、ビールでもウイスキーでも浴びるほどには飲んだことがない。自宅ではたまに妻の時子と夕飯のついでに飲んだりしたが、それでも最近は、というか、あの事件が起こってからは飲んだりしたことはなかった。いつの間にか頃か二人で話し合う時間が少なくなったのだ。
 
 あまりにも妹の優子が父親の雄一郎に殺害されるという出来事が衝撃的すぎて、それは夫婦仲を引き裂くには容易な出来事でもあった。家族仲はいつのまにか冷え切り、そこに昭雄の福井への転勤話が飛び込んできた。
 
 昭雄は自分が地方に単身赴任することで、どこか今までの東京での逼迫した自分の居場所から逃げられるような気持ちもした。自分の父親と妹が殺人事件の加害者であり、被害者だという事実は、会社でも家族の中でも、昭雄をどうしようもない孤独で、辛い状況に追いやっていた。それは無言の圧力のとして、昼夜を問わず昭雄を責めるようになっていたのだ。
 もう、このままでは離婚しかないとまで考えたこともあった。会社も辞めて、夫であり父親であるということも投げ出したいと思うことも多々あった。だから、福井への転勤話が飛び込んできた時、昭雄はもう少し自分は生きていけるとさえ思ったのだ。環境が変われば、少しは自分の気持ちも変わる。
 転勤で何よりも周りの人間関係が全て変わったことは昭雄の気分を穏やかにさせた。福井で知り合った人たちは昭雄に対して暖かかった。誰も事件に触れようとする者はいなかった。それどころか、自分の好きな音楽活動を再開できるようになったのだ。まさか、音楽好きの仲間が、再び自分の前に現れるとは夢にも思っていなかったのだ。
 人生は悪いこともあるが、良いこともある。そんなことを考えながらスーパーのレジで精算を済ませると、買い物かごの中身をビニール袋に入れて、両手で買い物袋を持ちながら、スーパーを出た。
 雪はパラパラと降り始めているが、積もるというほどではない。昭雄は車を発進させた。
十五分ほど走り、アパート前の駐車場の前に止めると、フロントガラスから暗くなった空を見上げた。ドアを開け車外に出る。午後六時半過ぎ、さすがにこの時間になると寒さが身にしみる。昭雄は買い物袋を抱えながら、車のドアのキーをロックした。
 部屋に入るとキッチンテーブルの上に袋を置き、奥の部屋の電気をつける。テレビのスイッチを入れ、再びキッチンに戻ると袋の中から、豆腐を取り出した。手早く冷蔵庫にビールや牛乳などを入れると、にんじんや玉ねぎは所定の野菜入れの中に納めた。とりあえず缶ビールを冷蔵庫から取り出し、パソコンのある隣の部屋に入ると、スイッチを入れた。
 画面が立ち上がると、パスワードを入力しアウトリックをクリックする。やがて、メールのスペースが立ち上がり、受信されたメールが立ち上がってくる。昭雄はメールを確認しながら、ふと指を止めた。時田治夫からメールが届いている。午後六時過ぎに受信している。   
 
 昭雄はメールをダブルクリックする。
「上京の際はお忙しい中、わざわざ事務所までお越しいただきありがとうございました。その後、いかがお過ごしでしょう」
 時田は以前に昭雄が上京した際に訪ねた時のお礼を述べていた。
「先日、事務所を整理していましたところ、気になるものが出てきましたのでメールを送信させていただきます」
 昭雄は突然の時田からのメールに驚いた。もう、半年ほど連絡をとっていない。
「事務所に来ていただいた時にもお話させていただきましたが、一九六六年に静岡で発生した袴屋事件に関してのことです」
 昭雄は時田からのメールを読みながら、五月に父親の雄一郎のことで時田に相談があり、上京した時のことを思い出した。
「一家四人を殺害したとして、当時に住み込みで働いていた袴屋義男さんのことです」
メールが続く。昭雄の脳裏を再に、時田の顔が浮かび上がった。
「袴屋さんは一旦、無罪判決が下され釈放はされたものの現在は、検察に抗告され確定死刑囚として、再審が始められるかどうかという状況になってしまったのですが」
昭雄は、この話を時田から聞いた時、それまで知らなかった袴屋事件について改めて確認したことがあった。
「お父さんが、この事件について意見を述べていました。その資料が見つかったので、コピーしたものを送信させていただきます」
 時田がPDFにして送信してきたものには、父親の雄一郎が袴屋事件の抗告について、裁判関係の機関紙に寄稿した文書が綴られていた。それは袴屋事件が新たな展開を見せたものについての異論だった。一度、冤罪が確定したことへの検察の下した抗告に対する異論だった。そして、袴屋被告はあくまで冤罪だと主張する内容で文書はでまとめられていた。
「文書を読んでお分かりいただけると思いますがお父さんは、あくまで袴屋被告は無罪だと主張されています。これは裁判官としては珍しい意見だと思います。なかなかここまで、ここまではっきりと異論を唱える人はいないといえる。お父さんは勇気のある発言をなさったのです」
 昭雄は時田のメールを読み続けた。

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