小説「海に沈む空のように」第39回・再会した二人の家族へのそれぞれの想い 

前回のあらすじ
 マラソンレースで襲われた男が逮捕され、昭雄にいつもの生活が戻った。昭雄は自宅に戻るとパソコンをつけた。メールにはフリージャーナリストの時田治夫からの連絡が届いていた。時田は昭雄の父親の雄一郎が、一旦は冤罪判決で釈放された袴屋事件の袴屋義男について、釈放後に検察が抗告し確定死刑囚として再審が始められるという状況に異論を唱えていたことを告げる。
 
 福井駅前から徒歩で10分ほど歩いた所にある「スーパーふくい」は午後五時を過ぎたあかりから混み始める。
 中井亨はここで午後四時から午後八時まで主にカート整理のアルバイトをしている。朝六時からのオフィス清掃で三時間の仕事をした後は一旦、自宅に戻り休んでから再び仕事に出かけるのだ。一日、約六千円ほどの稼ぎにしかならないが、他は貯金を切り崩しながら生活している。家を出た時に持参したものだ。
 亨は市内から車で三十分ほど行った所の越前町西田に住んでいたが、息子夫婦と折りが会わずに、喧嘩ばかりしていた。原因は今年で六十八歳になる亨が、それまで勤務していた会社の仕事を辞めたことで、家にいる時間が増え、酒を飲むことが多くなったことだった。
亨は六五歳まで近くの木材所で木材を管理する仕事についていたが、定年を迎えアルバイトを始めた。アルバイトは自宅から車で二十分の所で稼働していた電子部品関連の会社の仕事だった。ただ夜勤が多いことが長続きしない原因になったのだ。
 亨の妻である栄子は、三年前に脳梗塞で突然に死んだ。以降、亨の酒量は増える一方だった。そのたびに亨の息子である健一と妻の洋子が酒を辞めるよう注意したが、いつのまにか亨は朝も、缶ビールを口にするようになっていた。
 ある日、健一が洋子から自分の父親がアル中であることを告げられ、夕食時に亨に激怒し
たことがあった。健一も少し酒を飲んでいたことから、二人は殴り合いを始めるまでになり、仲裁に入った洋子が怒り、義父に家を出ていくよう大声を出したのだった。
「はい、少し失礼します」
 亨はふと二か月前の家族内での喧嘩のことを思い出しながら、スーパーのお客に声をかけながら狭いレジ中に入り買い物籠を取り上げた。そのまま籠を自分の両腕で抱え、再び後方に振り返り床に置いたままの籠の上に重ねた。高く積み上げられた籠を、店内を行き交う買い物客の邪魔にならないよう前に進めていく。混雑する店内では籠を欠かすことはできない。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい」
店内には各売り場から大きな声が響いてくる。ひたすら亨はこの作業と籠を乗せるカートを整理する仕事を続ける。
 清掃の仕事に比較すれば楽だと思う。時給が安いが、夜中の仕事に比べればもっと楽だ。木材関係の仕事でも身体を使うことは多かったから、身体を動かす仕事をやることには違和感はなかった。それでも酒を飲むことが好きなことが、亨の身体に良い影響を与えることはなかった。
 
 最近、疲れがとれないと思うことが増えていたのだ。もちろん、年齢のせいもある。しかし、それだけではない。何よりも妻の栄子がいなくなったことが寂しかったのだ。
家を出る時に持ち出した百万円は、アパートを借りる時に十万円を使った。月の生活費に十五万円は必要になるから、月々に五万円ほどは貯金から補填していく。最低、一年半は暮らせると亨は考えている。しばらく、保険や税金は払えない。面接で一人暮らしという点がひっかかると思っていたが、意外とパスしたことに安堵した。
 午後八時までの仕事を終え、タイムカードを押すと亨はスーパーを出た。既にあたりは暗く寒い。駅から少し離れた所にスーパーはあるから、この時間になると市内中心部とはいえ、静かで人通りも少ない。そのまま大きな通りに出て左に曲がるとまっすぐに歩く。自宅のアパートまでは歩いて十五分位だ。途中でコンビニに寄り、米飯コーナーに向かう。
 いつもなら幕の内弁当が一つ残っているのだが、もう弁当はなかった。仕方なく、サンドイッチを買い、酒類コーナーに向かう。でも、立ったままで扉を開けることはなかった。缶ビールはディスカウントショップやドラッグストアの方が安い。
 亨はビールのほかに焼酎やワイン、ハイボールなど何でも飲めるから、まとめて安い店で買うことにしている。酒は今も辞められないのだ。
 
 大通りをしばらく歩き薄暗い路地に入るとアパートが見えてきた。部屋は二階と一階で六部屋あり、一階の一番奥の部屋に住んでいる。家賃は四万円だ。自分の部屋の前のドアに人影が見えた。ふと亨は足を止めた。
「親父?やろ」
 
 聞いたことのある声が亨の耳に響いた。亨は息子の健一の姿を見て驚いた。
「こんなおそうまで、なにしとるんやの」
 健一が続ける。
「洋子も言い過ぎたって、言うてるし・・・」
「なんで分かったんや、ここ・・・」
 亨が返した。
「なんで・・・」
 亨の声が少し大きくなった。
「知ってるか、近く住んでる田中一って。田中君が親父に似てる人が、自分の勤務する仕事場で清掃してるって」
「田中・・・・」
「親父、ヒューテックって知ってるやろ。今、清掃で入っているビルの二階にあると思うわ。田中がそこで総務の仕事をやってるんやわ。で、清掃会社に問い合わせたんや。ほしたら親父の名前を言うたから分かったわ」
 隣の住人らしい人が帰ってきた。
「立ち話もなんやで、中に入っていいか」
 健一が言う。
 仕方なく亨は部屋のドアを開けた。キッチンの電気を点けると、そのまま奥に進み部屋の電気を点けた。
「あがらしてもらうよ」
 
 健一が靴を脱ぐ。久しぶりに見る父親の顔はやつれていた。小さなテーブルがある。健一は亨にうながされて座った。
「こんな所で一人で住んでいても身体を壊すでえ。帰ってきたらええんよ」
「一人が楽でいいんや。ほやで帰らんよ実家には」
 亨が返した。二人に沈黙が続く。

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