小説「海に沈む空のように」第42回・再び、昭雄はコンサートのステージに立った

前回までのあらすじ
 昭雄は福井県の越前町の山間部にある老人ホームでのコンサートに出かけた。市内から車で約1時間の所にある「愛老ホーム」には予定の時間に着いた。バンドメンバーの岸田も谷も林も約束の時間に間に合ように会場に入った。昭雄はここで、約1年ぶりに唄うことになったのだ。まさか、再び自分が福井でバンドを組み、ステージにあがり唄を歌うとは夢にも思っていなかった。

 午前十時過ぎ昭雄たちのコンサートは老人ホームで予定通り開催された。観客はほとんどが六十歳以上の入居者たちだったが、主催者側の林信夫が今日のコンサートを村内中心に告知したこともあって、村に住む若年層の姿も目立った。昭雄は場所が福井市内から車で一時間かかることもあって、自分の知り合いにはコンサートのことは知らせていない。
 コンサートではハイトーンの名曲を中心に披露する。今日、「バード」のメンバーが演奏する曲はバラード調の曲が多く、ボーカルは女性の谷が唄うということもあって、演歌が好きな客層にも受け入れられるだろうというのが選曲の理由だった。
 「バード」のメンバーは一人一人ずつがステージに出て行った。場内から拍手がおこる。会場はほぼ満員で百人ほどがつめかけている。ステージ中央にメンバー全員が揃うとリーダーの岸田が話し始めた。
「今日はありがとうございます。バードです。天気が心配でしたが雪は降りませんでしたので良かったです。全員、時間に間に合いました。福井はいつも年明けに雪が降り始めるので。大丈夫やろの。来年は大雪にならんやろな」
 突然の岸田の福井弁に場内に笑い声が響いた。
「コンサートとしては一時間ほどで短い時間すけど、最期までお付き合いください」
 やがて、谷がハイトーンの「記念写真」を唄いだした。
 昭雄は久しぶりの演奏に緊張したが、徐々に音が乗ってくるのを実感していた。
 谷の唄う「記念写真」「雨」の二曲が終わった後で、再び岸田のトークが始まった。
 昭雄は一呼吸してホール全体を見渡す。後方には村の若者達らしい姿が目立つ。拍手で盛り上げてくれたのはあの人たちだろうと昭雄が胸をなでおろした瞬間、自分の目を疑った。後方の座席に見覚えのある二人の女性が座っているのだ。妻の時子と娘の陽花だった。
 
 昭雄は再度、自分の目を疑った。やはり、時子と陽花だ。昭雄の心臓の鼓動が高まった。
しかし、どうして自分がコンサートを開くことなど知ったのだろう。岸田の自分の会社の宣伝を交えたトークで会場が爆笑の渦の中にある中、昭雄は一人、観客後方で笑う二人の女性の姿を見つめていた。
 自分は今回のコンサートのことを誰にも知らせていない・・・・筈だ。いや、一人だけ今日のコンサートのことを伝えた人物がいた。昭雄に月に何度かメールを送信してくれている発信者だけには一か月前にコンサートの告知を送信していた。
 送られてくるメールに対する昭雄のお礼だった。相手が誰かは分からないまま、何か宗教めいてはいるが、自分を励ましてくれる貴重なメールにお礼をしたかったのだ。もちろん、福井の山奥の会場まで来てくれなくてもよかった。ただ、自分はここまで元気になったということを知らせる意味でも、コンサートを開くという案内を知らせたかった。
 まさか、メールを送信していたのは妻の時子だったのか・・・。昭雄は自分の目を疑った。福井に転勤になって以降、時子とはいつの間にか会話をする機会も少なくなっていた。離婚かも知れないと考えること増えていたくらいだ。
 いつかは時子と陽花を連れてイタリアに行きたいと考えていたことも、今の二人の関係では無理だろうと思い始めていた。しかし、今、数メートル先に妻と娘が、自分のコンサートを観にきてくれている。
 ふと昭雄は岸田が自分の曲を紹介していることに気が付いた。
「志賀さんは今年の春に東京から福井に転勤になってきた人です。東京では長い間、バンド活動をしてきました。今日、久しぶりのコンサートで自分の曲を披露してくれます」
「はじめまして、志賀です。まさか自分が福井で音楽活動ができるとは思っていませんでした。正直に言うと転勤が命じられるまで福井については知りませんでした。日本にこんなにいい所があるなんてね。今から演奏する曲は自分が福井に来てから作った曲です。『海華』です。聴いてください」
 昭雄はアコーステックギターを手にした。場内が静まりかえった。
青い空が海から無限に広がっていた
どこまでも限りなく続く海に、やさしさを感じた
遠くまで続く無限の海に華が咲き、地平線に浮かぶ真っ赤な太陽に
生きる勇気とときめきを感じた
アイラブユー、歩いていこう、
君と一緒に、この街で
どんなことがあっても
彷徨いの果てに胸が張り裂けても
青い空に続く海の道には華が咲き、静かに、打ち寄せる波と風の揺れ間に、
無限の優しさだけ感じていた
アイラブユー、歩いていこう、
君と一緒に、この街で
どんなことがあっても
彷徨いの果てに現実が胸を張り裂けても
青い空に続く道には華が咲き、静かに打ち寄せる波と風の揺れ間に、
無限の優しさだけ感じていた
アイラブユー、歩いていこう、
君と一緒に、この街で
どんなことがあっても
 昭雄の熱唱に場内は熱気と静寂に包まれた。
 会場は静まり、昭雄の演奏が終わった時には拍手が響いた。
「ありがとうございました」
 昭雄は深く頭を下げた。何か自分が軽くなった感覚がした。何かがはじけたのだ。しばらく場内で拍手が続いた。
 そして昭雄の曲の後には、再び谷が歌う「海辺の街」がエンディング曲として最後に演奏された。会場には再び拍手が響いた。

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