NOVEL「海に沈む空のように」第43回・山奥の老人ホームでの思いがけない家族との再会

前回までのあらすじ
 福井の山間部にある小さな老人ホームで開催されたイベントの一環として志賀昭雄は久しぶりにコンサートのステージに立った。福井で結成されたバンド「バード」のボーカルの谷由紀子が数曲を唄った後で、昭雄はオリジナルの「海華」を披露した 福井に来てから作った曲だった。
会場のホールには入居者のほかに、村の若い人たちも多くが来ている。昭雄は曲を唄いながら、ふとホールに二人の女性の姿を見かける。東京にいる筈の妻と娘だった。

 メンバーはコンサートを終えると控え室に戻った。
「よかったわ、志賀さんの曲」
 谷が昭雄に歩み寄る。
「いや久しぶりで緊張しました。でも若い人たちも大勢来ていましたね」
「岸田さんがコンサートことを知らせたの。曲は福井に来て作ったんでしょう。これからもオリジナルを増やしていくのがいいわ」
「実家が近いから。同級生とかに知らせておいたから。曲はどんどんオリジナルで行こう」
 お茶を飲みながら岸田が言う。
「ちょっとトイレに行ってきます」

 昭雄が控え室を出て少歩くと数メートル先に時子と陽花が立っていた。
「なんだ、来てたのか。よく分かったね。この場所」
 昭雄が言った。
「よかったわ、今日の『海華』っていう曲。あなたが学生時代によく唄っていた浜田昇平の曲に似ているわ。静かだけど、どこかパンチがあって。コンサートを撮影している人がいたけど、関係者ならYouTubeにでもアップしたらどうかしら。東京のバンド仲間が見たら感動するわ」
 時子が笑顔を見せた。久しぶりに見る笑顔だった。
「東京にいる時はロックやフュージョンも多かったからね。いろんなことがあって、福井に来て気分も変わったよ。でも、どうしてコンサートのことを分かったの?」
 昭雄が聞いた。
「メールをくれたからよ」
「メール?」
「分からない?」
「やっぱり、あのメールは君だったのか。なんで言わなかったの」
 昭雄はたまに送信されてきた「励ましメール」のことを思い出した。
「あなたが福井で音楽活動を再開したことを知ったら、東京のメンバーも驚くわよ。本当は今日のコンサートのことを伝えようかと考えたんだけどね」
「あれ、志賀さんの知り合い?」
 後方で岸田が声をかけてきた。
「家族です。妻の時子と娘の洋花です」
「はじめまして。すみません。これは驚きました。ご家族の方がいらっしゃることは、志賀さんから一言も聞いていませんでしたので」
「いつも主人がお世話になっております」
 時子が丁寧に頭を下げた。

「いや、お世話になっているのはこちらの方です。こんな山奥の、しかも老人ホームでステージで唄っていただいて。本当に申し訳ないですよ」
 岸田が頭をかいた。
「何を言うの岸田さん。曲も作れて人前で唄えて、感謝しているのはこっちの方だから」昭雄が返した。
「ホールの前の方で懇親会をやるから来てくださいって。ご家族の方も一緒に参加してください」
「ちょっとトイレに行ってきます」
 昭雄がトイレに向かった。懇親会の会場では老人ホームに入居している人たち数十人と関係者たちが出席していた。岸田が隅の方で同級生たちと話している。昭雄は岸田の方に行く。
「今日はお疲れさんでした。志賀さんも食べてください。こちらは中井君です」
「初めまして。いい曲ですね。よかったですよ」
 中井が笑顔を見せた。
「ありがとうございます。東京からいらっしゃったらしいですね」
「ええ。10か月近くになります」
「慣れましたか。福井は寒いでしょう?」
「そうですね。でも慣れれば、どこも同じですよ」
「岸田さんと知り合いですか」
「中学時代の同級生です。最近、オヤジが家を出たんですけど、その際にも助けてもらって」
 中井はすんなり言い出した。
「そ、そうですか」
「友人を介して、岸田君の務めるビルで清掃の仕事をしていることが分かって」「清掃の仕事ですか」
 昭雄が聞いた。
「ええ。志賀さんも行っていると思いますが。市内のビルで清掃をしていることが分かって、この前、アパートで会いました」
「いや、いろいろありましてね」
 岸田が少し困惑した表情を見せた。
 昭雄が毎日、給湯室で話していた人物が、目の前で話している中井健一の父親だったのか。昭雄は驚いた。
「どこでも家族には、いろいろあるんですよ。志賀さん、何か食べますか。中央のテーブルにいろいろあるから」
 岸田が中井の話を変えるように言い出した。
「奥さんも娘さんも遠慮しないで食べてください」
 谷と話し込んでいた時子に岸田が話しかける。
 山奥の小さな老人ホームでの家族との突然の再会に昭雄は気持ちが昂ぶった。

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