NOVEL「海に沈む空のように」第44回・雪舞う初めての福井の冬に・・・

前回までのあらすじ
「愛老ホーム」でのライブは無事に終わった。昭雄はバンド仲間をともにステージを降りると、控え室前で妻の時子と娘の陽花に久しぶりに会った。
 昭雄はまさか、妻と娘が福井の山奥で開催される自分のコンサートに来ているとは夢にも思わなかった。東京でのバンド活動をずっと応援でしてきてくれた家族に、福井に転勤になった自分が、こんな形で再会できたことに感謝した。そして福井で作ったオリジナルの「海華」を妻の時子が気に入ってくれたことが何よりもうれしかったのだ。

「愛老ホーム」での懇親会が終わると昭雄たちは、ホームを出て家族を車に乗せそのまま福井市内の駅前近くのそば屋に入った。久し振りに家族三人が揃った。
「陽花は学校は順調に進んでいるの?」
 昭雄は陽花の顔を正面から見た。
「大丈夫よ。日曜は塾にも行っているし」
「ま、あまり根を詰めないようにね。日曜は休みだからさ。勉強だけが人生じゃないから」
 昭雄の言葉に時子も頷く。
「福井は寒いでしょう。たぶん、東京と比較したら五度は低いよ。風邪ひかないようにね。ふたりとも」
「本当に寒いわね。雪が心配ね。部屋にはまだ行っていないけど。生活用品なんか大丈夫なの?この寒さじゃ、東京にいるつもりだと風邪ひくわよ、ちゃんとしなきゃ」
 時子が言った。
「石油ストーブを買ったから。ヒーターもあるし」
「もう少しいい所に住めばいいんじゃないの。お金がないわけじゃないんだし」
 時子が言う。
「転勤した頃は、正直、これからどうなるか分からなかったからね。だから、あまり家賃も高くない所を選んだんだ。一人で住むだけだし。福井に二人が来るとは思っていなかったよ」
「今日は日帰りだからアパートには行けないけど。今度、陽花のこととかが落ち着いたら部屋に行くわ。来年は勉強も頑張んなきゃいけないし」
「ま、一応はハイツだから。君たちが来ても泊まれる部屋はあるから、少し狭いけど。しかし、よくあんなメールを送ってくれたね」
 昭雄が時折、送られてきた発信者不明の励ましのメールについて聞いた。
「精神世界には以前から関心があったから。いろんな本は読んでいたの。事件があって以降、しばらく辛い時期が続いたから。あなたにも何かできればと思って」
 時子の言葉に昭雄はただ頷いた。
「今度、落ち着いたらイタリアでも行こうよ」
 昭雄が突然に言い出した。
「イタリア?」
 時子が驚いた様子で陽花と顔を見合わせた。
「前から連れて行きたいと思っていたんだ。ヨーロッパは今、いろいろ大変なんだけど。フランスなんかもね。世界中の貧富の格差の拡大で他国から難民がどんどん入ってきているから。ひったくりなんかも多いらしいね。日本人も以前のような感覚で旅行は行かない方がいいと思うけどね。イタリアはまだ、安全らしい。うまいワインとパンなんか食べられるしね」
 昭雄の誘いに以前の陽気な感覚はまだあると時子は思う。
「そうそういえば、ついこの前、刑事さんが来たわ。誰か不審な者が訪ねてこなかったかって」
 時子が話を変えた。
「不審者?」
「そう、最近、何かあったの?」
「何度か連絡したけど。大丈夫そうだったから。詳しい話はしなかったんだ。いいや、たいしたことじゃないよ」
 昭雄は時子の隣で陽花がいることに気づき話を途中で止めた。
「大丈夫ならいいけど」
「こんな世の中だから。身辺には厳重に注意してよ。どこにいても何が起こるかわからない世の中だから」
「そうね。注意しなきゃね」
「陽花も学校の行き帰りは注意しなきゃね」
 昭雄が陽花に言う。
「最近、GPS機能の付いたものを持たせているの」
 時子が陽花を見る。
「そうだね。それがあると、陽花もどこにいるか分かるから」
「あ、そうだ。この前、お母さんに会いに行ったけど、元気そうだったわ」
 時子が思い出したように言った。
「行ってくれたの。大丈夫だったお袋?」
「うん。ま、たまにしか行けないから悪いんだけど」
「時子も仕事が忙しいから。無理しなくていいよ。母さんには面倒みてくれるホームの人たちがいるしね。陽花のこともあるし」
 昭雄は時子が母親の入居している老人ホームに出かけたと聞いて少し驚いた。以前なら一度もそんなことは言ったことがなかったのだ。
「午後四時過ぎの特急で帰るんだよね。そろそろ行かなきゃ。明日も早いし」
 昭雄は腕時計で時間を確かめた。
 午後三時半過ぎ、三人はそば屋を出て商店街を抜け福井駅に着いた。
 昭雄は入場券を買うと二人とともに特急「しらさぎ」の着くホームまで行った。
「もうすぐ『しらさぎ』も走らなくなるらしいよ・・・」
 昭雄がポツリと言う。
「そうなの」
「北陸新幹線の関係で廃線になるようだよ」
 あたりは既に暗い。時子は福井の冬は寂しいと思う。
 やがて、米原方面行きの特急「しらさぎ六三号」がホームに入ってくる。
「気を付けて。また、連絡するから」

 昭雄は二人が中に入ったのを見届けると、列車が見えなくなるまでホームに立ち続けた。ホームには雪が舞い始めている。昭雄はダウンジャケットのジッパーを上げ階段を降りると、駅の改札を抜けた。年末らしく日曜の駅構内には多くの人が行き交っていた。
 昭雄が福井駅を出ると、雪のような物が顔に当たるのを感じた。両手を伸ばすと確かに粉雪が舞い落ちてきた。

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