NOVEL「海に沈む空のように」第45回(最終回)・夕陽は海に沈み、昇る太陽は海に眠る魂を引き上げる

前回までのあらすじ
 志賀昭雄は久しぶりに妻の時子と娘の陽花と一緒に福井で再会し食事をする。久しぶりに会ったとはいえ、三人が入ったのは駅前のそば屋だった。昭雄は時子にイタリアに行こうと旅行計画を話しだす。昭雄はまさか自分が福井に転勤になるとは考えていなかった。時子と結婚してからは、いつか妻と娘をイタリアに連れていきたいと考えていたのだ。しかし、その夢は突然の事件で消え、このまま夫婦仲も家族仲も終わるのではないかとさえ思ったこともあったのだ。そんな心境の中での再会に、昭雄の気持ちは昂ぶった。

 年が明けた一月中旬の夕方、昭雄は東尋坊に立っていた。福井は新年が過ぎたあたりから、雪がぱらつく日が多くなった。日曜日のこの日は雪も小休止の日だった。なぜか、冬の東尋坊を見たいと思ったのだ。
 確かに寒いが気持ちのいい風が昭雄の頬を打つ。やがて、一人の女性が近くを歩いていることに気づいた。新年とあってあたりには散策している人は少ない。ましてや夕方に入り寒さは一段と増している。
 目の前の女性は一人でどこか寂しげだった。どこか透明で希薄な感じがする。昭雄は思わず声をかけた。
「旅行ですか。どこからいらっしゃいましたか」
「ええ・・・・・」
 女性は昭雄から声をかけられ、曖昧に答えた。
「寒くないですか」
 昭雄は続けた。
「・・・・少し・・・」
 女性は遠くを眺めた。
「寒いけど、やっぱりいい所ですね。ここ」
 昭雄が言う。
「ええ・・・・・そうですね」
「でも、寒いから。長くいると風邪ひきますよ。ここは夏に来るのがいい・・・・。自分はなぜか来たいって気持ちになったんですけど。東京から来ましたが。やはり、寒い。寒すぎる」
「寒いですね。本当に」
「この近くにお泊りですか」
「ええ、すぐ近くの旅館に泊まりました」
「この時期の宿はお客で一杯だったでしょう。年末年始は混むって聞きましたから」
「結構、賑わっていましたよ。昨日は上の部屋が宴会みたいで、あまりうるさくて眠れなかったです」
 女性は少し笑った。
「今年は大雪かな。福井の冬は初めてなんですよ」
「そうですか。私も福井の冬は経験したことないから」
 昭雄は女性が標準語に近い発音をすることに気が付いた。
「東京からですか」
「さあ・・・・・」
 女性は言葉を濁した。
「とにかく、冬は寒いから。夏がいいですよ。今日は旅館でカニやあったかい鍋でも食べて」
 昭雄の励ましに女性は笑みをこぼした。
 昭雄は岬の先端に立つと、手にしていた数本の水仙と小袋に入った白い骨破を海に投げた。
 水仙と骨破は海に落ち、そのまま波に呑み込まれた。

 夕陽が東尋坊の海に沈んでいく。空は海に沈むのだ。太陽は海に沈み、海の底に眠る多くの魂を天上に引き上げながら昇る。 夕陽が昭雄の目に映った。 この深い青の海が見られる、この地で、何の気兼ねもなく唄を歌える仲間がいるこの街で、ずっと生きていこうと思った。 (了)
 「海に沈む空のように」は今回で終了します。
 長い間、ご愛読いただきありがとうございました。近々、電子書籍として発行する予定です。
 なお、ブログ小説は2月から、それまでの仕事用のスーツを脱ぎ普段着で路上を歩き始めた主人公・片山二郎が、今までとは違う仕事で、今まで出会った人とは少し生き方の違う人々との交流を描いた「闇が滲む朝に」の連載をスタートします。 ご期待ください。
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