EASSY・41「なぜ、あの人は頂点に上りつめたのか。映画『焼肉ドラゴン』で描かれる、ある家族の物語」

 「焼肉ドラゴン」という映画(DVD)を観ました。昨年12月にDVD化されたものです(天野は映画はDVD化されてから観ることが多いので、情報としては全く新しくありません。すみません)。今回はこの映画に出演している大泉洋さんが好きで何となく面白そうだなと思って手にとりました。

 「焼肉ドラゴン」は鄭義信さんの原作・脚本・監督です。演劇で公開されてきた作品で第8回朝日舞台芸術賞グランプリなど数多くの演劇賞を受賞しています。

  映画は1970年代に日本で生活してきた在日韓国人の家族の生きざまを描いています。役所から国有地だと立ち退きを強制される土地で、焼き肉屋を営む主人の龍吉(キム・サンホ)は戦争で左腕をなくし故郷もなくしましたが、日本に来て腕一本で焼き肉屋を経営しながら家族を養います。
いじめによる息子の自殺など家族の問題も多いなかで、強制退去命令を受けながらも、「昨日がどんなでも、明日はきっとよくなる」を口癖に力強く生きていく姿を描いています。

 天野はこの映画に出演している龍吉の妻である英順(イ・ジョンウン)を見ながら、自分が幼い頃、ソウルに住んでいた頃に、家の家政婦さんで来ていたおばさんを思い出しました。全く、表情が瓜二つでそっくりなのです。

 当時の韓国はさまざまに激動の中にありました。38度線を境に国境線が北と南に分断された国では、韓国内で大統領暗殺未遂事件(大統領夫人暗殺のちに大統領も暗殺)や、日本での大統領拉致事件など当時は今以上に韓国と北朝鮮、そして日本が緊張関係にあったのです。
戒厳令下で暮らしていましたが、戦争経験のない平和な時代に生まれた天野が初めて国家間の戦争を意識したのもこの頃です。

 人間関係や生活面など何かと慣れない異国で暮らす幼い天野は戸惑うことも多かったのですが、とにかく、おばさんの貧しいながらも、元気に生きる姿に何度も励まされたことを覚えています。映画の中の英順そのものでした。

 日本には「焼肉ドラゴン」の家族のように、同じような環境で何度も人生の荒波の中で屈しそうになりながらも、生き抜いてきた人たちが大勢います。実業界でトップになったり、芸能界やスポーツ界でも活躍する人も多いですね。

 映画の中で龍吉は「日本で生きることは闘いなんだ」といいます。戦争で片腕を失っても、故郷を失っても、日本に来てからも息子が自殺し、家の退去を迫られ続け、家を失っても決して挫けることはなく、厳しい現実に真剣に向き合い、家族を育て自立させました。

 最近は中国やフィリピン、ベトナムなどから来日して日本で働く人が増えています。そのような人たちから話を聞く機会も多いですが、日本は地震などの災害や原発などの二次被害がなければ、他の国と比較して平和で経済的にも恵まれた国だと再認識します。(二極化の影響からか、想像を絶する殺人事件も増えていますが)

 映画「焼肉ドラゴン」の家族もそうですが、日本で成功している同じようなルーツや環境で育った人々を見ていると、どんなに厳しく辛い状況になっても、負けないという闘志が、苦境から這い上がる力を呼ぶのだと感じます。
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