NOVEL「闇が滲む朝に」第2回・罪深き人間が受ける過酷な肉体労働という罰

 自分はよほどの罪深き人間なのだ。その罰としてこの年になって一日中、肉体労働に就かざるを得なくなったのだ。慣れない仕事に精神的、かつ肉体的苦痛から片山二郎は何度も自分を責めた。唯一の救いは移動中にiPodで聞く音楽だけだった。

 片山二郎は朝五時三○分から九時近くまで、次に十時から午後二時まで、そして夕方の午後四時から八時までを仕事の時間にあてている。一週間の中で日曜日が休みで、土曜日は朝の午前八時から午後二時ごろまでが仕事になる。
まさかこの年でこれ程に長い時間を仕事に費やす生活になるとは本人は予想もしなかった。自分はよほど罪深き人間だから、五○歳を過ぎて清掃業のような肉体労働に就かざるを得なくなったのだ。
 その精神的肉体的な辛さから何度も片山は自分を責めた。その気持ちは二年が経過した今でも時折、片山の脳裏に浮かびあがってくる。自分は罪深く罰が当たったと。
「ありがとうございまーす」
食べ終えた食器を戻すと威勢のいい店員の声が片山の耳に響いた。
「ごちそうさま」そう言うと片山はiPodのイヤホーンを耳につけた。
 iPodから聞こえてくる音楽は欠かせない。肌身離さず移動の時は何か音楽を聞いている。今日の朝はエクザイル、午後はジェイクシマブクロ、夜はBENI・・・毎日、聞く音楽は違う。この音楽がどれだけ片山を安堵させ救っているか。音楽なしでの生活は想像できない。
 自転車を漕ぎながら五○メートル先にツキノワグマビルが見えてきた。信号待ちしながら片山は耳からイヤホーンを抜いた。自転車に乗りながら音楽を聴くことは禁止されている。ビル前を警備する警備員に遠くからでも見られたら注意されるのだ。信号が青になったのを確認すると自転車のペダルを漕ぐ。右手に平和生命ビルを見ながら、少し先に行き左に曲がった所で自転車を置いた。
「おー、お疲れさん」
 午後三時で仕事を終えたばかりの高戸明が駐輪場まで歩いてきた。
「お疲れさまでーす」
 片山が笑顔で答えた。高戸は六年前に自分で営んできた畳屋をやめて清掃会社のハイクリーンで仕事をするようになった。ハイクリーンはオフィスビルや老人ホーム、病院などを中心に清掃業を展開する従業員一○○人ほどの会社だ。
 片山が一年半前にこの会社でアルバイト契約として仕事を始めるようになった時に、何かと助け船を出してくれた。頻繁にンジョークを交えるなどして肉体労働に慣れない片山をリラックスさせようとしてくれたのだった。
 午後四時から仕事に入る片山と午後三時には仕事を終える高戸は平日はほとんど話す時間はないが、土曜日の定期清掃時の休み時間には、冗談を言いながら決まって片山を笑わせてくれた。その姿勢は今も変わらない。今年で七○歳になる高戸は休日には孫四人の相手をする爺さんだ。

 畳を担ぎリヤカーで運びながら仕事をしていたハイクリーン一番の力持ちとはいえ、前歯がないことからせんべいなどの固い食品は食べられない。
 今まで病気知らずできたとはいえ今年始めの引越しの疲れからか二月の金曜日夜には突然に首から背中に激痛が走り救急車で病院に運ばれた。結局、原因はわからず二日後の精密検査の日に高戸は病院から脱走した。

 そして一週間前からは奥さんが骨盤の手術ので入院した。高戸は今久しぶりの一人暮らしに戸惑っている。増してやどんなに元気な人間でも、七○歳ともなればどこかに身体の歪みが生じてくる。
「明日は八時から、よろしくね」
 高戸が自転車にまたがりペダルを踏んだ。
「了解です」
 片山は自転車のキーをとり駐輪場からツキノワグマビルの方に歩き出した。

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小説第1弾「海に沈む空のように」は電子書籍として発売予定です。

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