BOOK・53「東日本大震災発生から8年、今も変わらない人と人の絆。奇跡の再会を描いたノンフィクション『魂でもいいから、そばにいて』」

 今年の3月11日で東日本大震災が発生して8年が経過しようとしています。この時期になると、被災地の復興の現実や福島県の原子力発電事故のその後の経過、被災した方々のその後の様子が多くのメディアを通じて報告されます。

 もちろん、メディアの報道だけでなく、この時期には多くの日本人が東日本大震災のことを思い出すことは間違いないでしょう。しかし、被災した方々には、さまざまな意味で現実の毎日が、あの日のままだという方々も多いと思います。

 
 天野も何度かこのブログで東日本大震災や地震について書かれた本や、震災が発生するとこの国がどんな状況になるかについてまとめられた本について紹介してきました。今回、紹介するのは「魂でもいいから、そばにいて~3.11後の霊体験を聞く」(奥野修司著、新潮社)です。



 
 著者の奥野修司さんは「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているノンフクション作家です。ノンフィクションは小説ではありませんから、嘘や創作はありません(もちろん、小説という手法を使い真実を描く作品も、世の中には多いことは否定できません)。

 当初、奥野さんは被災地を取材する中で、たびたび聞く被災者の方々の霊体験をまとめてノンフィクションとして成立するのか躊躇しました。奥野さんの背中を押したのは、がんの専門医で在宅医療のパイオニアとして、宮城県で二千人以上を看取ってきた岡部医院の岡部健さんの言葉でした。自身の死の間際に他界した身近な人が現れる「お迎え」について、奥野さんがお迎えを信じるか岡部さんに聞いた時に、「うちの患者さんの42%がお迎えを経験しているんだ。お迎えを知らない医者は医者じゃねえよ」と答えたというのです。

 取材過程では奥野さん自身も霊体験者には最低3回会うことで、語り部の体験が錯覚ではないことを確認しました。語り部の一人である石巻の遠藤由理さんの「霊体験なんてこれまで信じたことなかったのに(中略)、そういうことが普通にしゃべれる社会になってほしいですね」という話も、ノンフィクションとして書けるという確信に至りました。

 遠藤さんは3歳の康生君を震災で亡くしました。それまで霊体験を信じていなかった遠藤さんは、ある日に家族と食事をしている時に、「康ちゃん、こっちで食べようね」と言ったとたんに、康生君の好きだったアンパンマンのハンドルのついたおもちゃの車が、いきなり点滅したかと思うと、ブーンって音を立てて動いたといいます。
 この現象はご主人が次男をお風呂に入れている時に、「もう一度、アンパンマンの車を動かしてママを喜ばせてあげて」と思った時にもおきたのです。

 同著の被災者の霊体験は他界した身内が夢に出てくることが多いですが、他には津波で亡くなった夫の携帯電話が煌々と光だしたという証言や、逝った兄の声を聞きたいと思い電話したら、死んだ筈の兄が電話に出た、携帯電話にお礼のメールが届いたという話です。

 熊谷常子さんは兄の利美さんを震災で亡くしました。震災後は遺体が発見されるまでに夢に利美さんが何度も出てきたそうです。「(略)遺体が発見されるまでの三か月は本当に兄の夢をよく見ました。早く見つけてほしいと思っていたんでしょうか。遺体が発見されたのを境にピタッと見なくなりました(略)」

 常子さんは震災発生から4か月後に利美さんの遺体を発見し、翌日の7月1日に死亡届けを市役所に提出に出かけた時に、ふと自分の携帯電話にメールが受信されたことに気づきます。そのメールは利美さんが3月1日に発信した、この時点では届くはずのない「ありがとう」というメールだったのです。

 同著を通じて地上に残された被災者の方々が霊体験を通じて、いつまでも他界した身内が見守っていることに気づき、さまざまな絶望や失望から立ち直り生きる勇気を得ていることに感動します。
魂1-8

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