Book72.「ブランド力最低の茨城県から生まれた『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』」

増える輸入農産物、減る就労者。依然として厳しい農業環境

 我々の食生活に不可欠な肉や野菜ですが、ここ数年は天候不順でスーパーに並ぶ野菜の価格は、若干の変動はあっても全体的には高値傾向にあります。どうしても安い商品を探してしまうのが消費者ですが、一方でスーパーの店頭では国産表示と海外産表示を注意深く見分けながら商品を購入している人は多いのではないでしょうか。
 
 例えば、野菜ではニンニクやブロッコリー一つを見ても、国産と海外産では価格は半値以上違います。それだけ国産が高くなるのですが、なぜ高値がつくのでしょうか。
 海外からの輸入品は、作物のボリューム、作物ができる土地の広さや就労者の雇用条件、そして、大量に生産される遺伝子組み換え作物などがあり、その対称が国産品ということになります。海外からの輸入品は大量で長期保存されるよう管理されており、長期的観点からみて価格が2倍以上しても、国産を購入してしまうというのが正直な消費者心理だと思います。
 
 話は変わりますが2017年度の日本の食料自給率は38%(農林省調べ)となりました。食料自給率とは、国内の食料消費が、国内の食料生産でどの程度を賄えるかを試算したものです。前年度比並みという数字が発表されましたが、平成2013年度比では-1%でここ数年では増えてはいません。
 
 では農産物では何を多く輸入しているかかといえば、2000年以降は畜産物や油脂類の生産に必要な飼料穀物や大豆等の油糧種子が上位を占めています(財務省貿易統計)。

   これらデータからも分かるように日本の農業に従事する就労者数は減少傾向が続き、1985年に540万人といわれていた農業就労者数は、現在では半分以下に減少しているとの見方もあります。海外から農産物の輸入品が多くなる理由はここにもあります。
 
 

民族学者の野口憲一さんが実家のレンコン農家を改革

 日本にとっては農業ほど重要な産業はないにもかかわらず、農業で生計を立てていくことは厳しくなるばかりなのです。

   しかし、そんな状況でも負けずに力を発揮する人がいます。「1本5000円のレンコンがバカ売れする理由」(新潮新書)は、茨城県のかすみがうら市(旧新治郡出島村)のレンコン農家に生まれた野口憲一さんが大学院の博士課程修了後に民族学者になりながらも二足の草鞋をはきながら、実家の農家を改革していく過程をまとめています。


 
 都道府県の魅力度ランキングでも最下位の茨城県から、1本5000円もするレンコンを売り出し、日本だけでバカ売れするようになっただけでなく、ニューヨークやパリの和食屋でも使われるようになるまでが書かれています。
 
 野口さんはレンコン農家の息子として生まれたという「業」を背負って、大学院博士課程在学中にレンコン作りに従事するようになります。大量生産大量消費を前提とした農業の「生産性向上モデル」は、「生産すれば生産するほど儲からなくなる」と主張し、代々にわたり続いてきたレンコン農家の商品を安売りするわけにはいかないと奮起し続けてきました。
 

人はモノの持つイメージで価値を判断する
 

 ある日、野口さんは現代民俗学会の懇親会で「中国に行ってレンコン1本を1万円で売ってきなさい」と牛島史彦元九州女子大学教授から激励の言葉をかけられます。そこで考えたのが1本5000円のレンコンでした。「エルメス」のようにレンコンのブランド化を思いついたのです。ヒントはフランスの社会学者であるジャン・ボードリヤールの著書「消費社会の神話と構造」(今村仁司、塚原史翻訳・紀伊國屋書店)から得ました。

 
 人は大きさや機能性の「使用価値」だけでモノを選ぶのではなく、そのモノが持つイメージや「記号」で価値を判断するというのです。エルメスには、ハイセンス、成功者、お金持ち、上級者などの記号が貼り付いていて、その「記号」に価値を見出すというのです。

   そこで生まれたのが大正時代から続く農家から「伝統」をキーワードに、高級な化粧箱に入れた歳暮ギフト用の1本5000円のレンコンでした。
 

伝統あるレンコン農家の商品は安売りしてはいけない

 商品は松竹梅でいえば「松」にあたることから、中間に位置する「竹」商品も作りました。もちろん、初めから高価なレンコンが売れることはありません。この間には長年にわたりレンコン作りに努めてきた父親との価値観の違いから喧嘩もたえませんでした。

    それでも野口さんは商品を宣伝するために、多くの食品のイベントに出展し、さまざまな分野で働く人達との交流を深めました。やがて、テレビにも出演したり、フェイスブックでは奥さんと一緒に宣伝するなど効果を発揮し、商品の認知度が上がっていったのです。
 
 もちろん、ここまで商品の認知度を上げていくためには、多額の資金も投入し続けました。まさに背水の陣の中で挑み続けてきた野口さんですが、何より功を奏したのはブランド戦略などではなく、大正時代から代々にわたり続いてきているレンコン農家の商品を、決して安売りしてはいけないという想いだったのです。