Book74.「緊張と不安の時代に生命力を高める。内田樹(大学教授、武道家)VS成瀬雅春(ヨーガ行者)『善く死ぬための身体論』」

緊張と不安の時代にどう生きるか
 

 6月に入りましたが、最高気温が25度以上の夏日に達した日があるかと思うと、雨が降り最高気温が20度を割る日が出たりするなど、体調管理がむずかしい時期になりました。
 
 既に梅雨に入った地域も多く、この時期は湿気が多い気候状況からも精神的にも肉体的にも不安定になる日が多くなりますが、現在の日本は、ただ歩いていても買い物をしていてもどこから自動車が飛び込んでくるか分からず、また、幼稚園児や小学生は特に注意しなければいけませんが、学校の行き帰りや通勤時なども、いつ、どこから殺人鬼が刃物で切り裂いてくるか分かりません。
 
 通り魔殺人の犯行要因にはさまざまなものがありますが、最近は「ひきこもり」から精神状態を悪化させて行き詰まり、犯行に及ぶケースも少なくないようです。現在、日本には「ひきこもり」が60万人は存在し、低年齢層だけでなく30~50代にも多いといわれます。経済的にも衰退している日本の、象徴的な現象だといえるでしょう。
 

現代人の生命力は衰えている
 

 まさに緊張と不安にこの国は覆われていますが、現代日本人の生命力は衰えている、と見る人がいます。今回、紹介する「善く死ぬための身体論」(内田樹、成瀬雅春著 集英社新書)は神戸女学院大学名誉教授で武道家(合気道家、凱風館館長)であり思想家でもある内田樹先生と、ヨーガ行者で指導者(成瀬ヨーガグループ主催)の成瀬雅春さんによる対談をまとめたものです。

 
 タイトルから「死ぬ」ことについて書いていると想像される方もいらっしゃると思いますが、「善く生きること」が「善く死ぬこと」につながるという意味がタイトルの背景にあります。不安や緊張することが多い現在の生活の中で、どう身体や精神状況を鍛えればよいのかについて対談しています。
 そして、やがて来る死について、若いうちから「善く死ぬこと」を考えておくことも大事だと言います。健康で長生きすると、死ぬ時にも楽だと父親から教えられた内田先生の、父親の最後を看取ったのちの感想です。

 
生きる力とはエネルギー増産でなく自分の中に踏み込み観察すること
 

 内田先生は生命力が下がってしまったのは、平和な国作りを目指して成長してきた日本は、いつのまにか「平和ボケ」になり、生命力が落ちてしまった。その力で安全でも豊かでもなくなった現在に対応できなくなっていると指摘。

 危険な地域が多いヒマラヤで修行を重ねてきた成瀬さんは同行した弟子のひとりが、一瞬も油断のできない氷河や崖を登っての命がけの修行が、強靭な精神と肉体の持ち主とさせ、セキュリティ会社を設立してVIPのガードをしていることなどエピソードを紹介しています。
 
 ただ「生きる力」とは、ひたすらエネルギーを強化することだけを考えるのではなく、自分自身の脳内や体内で起きていることにセンサーを働かせて、自分の中に踏み込んでいく能力のことで、自分の心身の状態をていねいに観察できる状態ではないかとヨーガ行者らしい観点からも説明しています。
 

呼吸は吐くか止めるかを基本に

 この自分を内観する方法について内田先生は、大きく吸って下丹田に溜め、大きく宇宙に吐く合気道塾での稽古を例に、呼吸法と瞑想法を重視していることを挙げています。
 普段は自動的に行っている呼吸を、自分がどう呼吸しているのかを観察し、内側で起きている微細な変化をモニターしながら雑念を消すことなどがいいと述べています。
 
 またヨーガでも最も大切な呼吸について成瀬さんは、呼吸は普段は意識することがないが、呼吸が気になるのは危険な時が多いことを指摘。ヨーガの呼吸法では、止めるか吐くかが基本で吸ってはいけない。吸うのは死につながるからだといいます。
 
 人は息を引き取り死ぬのです。火事の時も煙に巻かれるのは息を吸って煙を吸ってしまうから、吸わなければ有毒ガスを体内に入れないから助かる可能性も高くなる。つまり、海で溺れても息を吸わなければ水を飲み込むことはないのです。

 内田先生も、人はパニックの時に息を吸いがちになりますが、とにかく困った時が起こったら「尻の穴を閉めて深く息を吐くのがいい」と述べています。

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