Book80.「『完璧という領域』熊川哲也Kバレエ カンパニー芸術監督が明かす芸術、ビジネスの成功について」

海外で30年前にバレエで日本人初のゴールド・メダルを受賞

 熊川哲也さんは10歳からバレエを始め、4年後には世界的なバレエ教師にその才能を認められます。15歳で英国ロイヤル・バレエスクールに入学、2年後にはローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人初のゴールド・メダルを受賞。現在、世界を舞台に活躍するアスリート達と同様に、日本人である熊川さんがバレエダンサーとしての力を証明したのは30年前の1989年、しかも海外でした。

 若くして英国に渡った熊川さんは、以降も順調に腕を磨き1993年には英国・ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(トップダンサー)に任命されます。その後は同バレエ団を退団し、Kバレエ カンパニーを設立。2004年にニューヨークで「ラプソディ」、年後には上海で「ドン・キホーテ」、そして2017年に完全オリジナル作品「クレオパトラ」を世界初演し成功を収めました。

カンパニー設立から振付、演出、経営、教育まで

「完璧という領域」(講談社)は現在、Kバレエ カンパニー芸術監督を務める熊川さんが、同カンパニーの設立についての経緯や、自らの表現や創造の軌跡をたどりながら、それぞれの作品に込めた思い、舞台創造のプロセス、ダンサーの身体、振付、演出、音楽についての考え、芸術観や人生哲学、そしてカンパニー経営やバレエ教育について書いています。

 

 タイトルについては「『完璧という領域』は確かに存在する。偉大な芸術はすべてそこで脈打っている。僕はつねにその領域を志向してバレエに関わってきた」。幼少時代から、10年在籍した英国・ロイヤル・バレエ団を退団するまでを書いた初の自伝「メイド・イン・ロンドン」に続くもので、バレエ人生の集大成としています。

 英国のバレエ団を退団後、熊川さんはKバレエ カンパニーの経営基盤を探します。「芸術とお金は切り離すことができない」と考える本人自らが交渉にあたりました。「公演を含むビジネスに関わることは興行主に任せる形が、ダンサーに限らずアーティストの通常のスタイルである。過去の名だたるダンサーたちはみなそうしてきた・・・・(中略)。しかし、僕は自分で起業し、自分の組織を持ち、自分の思う通りの舞台をつくりたかった」
 カンパニー設立当時、TBSの事業部が熊川さんのバレエ公演を文化事業の柱にしたいという強い思いを持っていたことから、2003年に同社と独占契約を結びます。

「白鳥の湖」はバレエダンサーの永遠の教科書

 TBSとの契約は熊川さんのダンサー、芸術家としての功績が認められてのことですが、振付、演出家としても才能を発揮し翌年に「白鳥の湖」で第3回朝日舞台芸術賞、第55回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞します。「『白鳥の湖』は世界で最も有名なバレエ作品であり、バレエダンサーにとっては自らをつねに導き、成長させてくれる『永遠の教科書』ともいうべき特別な作品である」との通り、一から振付し音楽を入れ替えたりマイムを入れたりして、オリジナルな演出を随所に取り入れた作品は、数多くの賞を受賞するという輝かしい功績につながりました。

バレエは肉体で究極の美を見せる芸術

 もちろんダンサーは、クリエイターや芸術家としての資質が求められるものだけではありません。何よりも身体が軸になります。この身体については「バレエは、人間の肉体による究極の美を見せる芸術である。ボディーラインを美しく見せるためには、まず、骨格から問われる・・・・・(中略)。積み重ねるべく訓練は、他のパフィーマンス・アートに比べてはるかに過酷だが、それ以前にもって生まれた骨格や容姿、身体能力が決定的にものを言う。その意味では残酷な世界でもある」
自らも運動神経は他人より比較的優っていたことを認める熊川さんは、イギリスに渡るまでにテクニック重視のレッスンをこなしていました。

「右膝前十字靭帯損傷」の大けがターニングポイントに

 しかし、多くの優れたアスリートが怪我で壁にぶちあたるのと同様に、熊川さんにも試練が訪れます。2007年「海賊」札幌公演で「右膝前十字靭帯損傷」の大けがを被ってしまうのです。
 手術後は踊れなくなりリハビリに専念した熊川さんですが、スタジオに出るまでに5か月かかり、リハビリは1年に及びました。「悪夢を見続け、朝起きるたびに今起こっていることに絶望感を味わう。寝ても覚めても、ダンサー生命の危機とカンパニー存続の危機という現実が覆い被さってきた。しかし、自分の立場ではいくら苦しくても正直に苦しいとは口に出せない。それによって余計に追い込まれた」

 やがて皮肉なことに、この怪我が熊川さんのターニングポイントになるのです。バレエと自分自身の関係を嫌というほど考える時間が増えたことが、新たなバレエとの関わり方の扉を開けました。「けがで踊ることができなかった時間、バレエとまっさらな気持ちで向き合わざるをえなくなり、バレエこそが自分という人間を根源から生かしてくれていることを、身をもって悟った(中略)。バレエの素晴らしさをどう伝えるか、バレエをいかに輝かせるかが最優先の課題になった」

痛みなくして得るものなし、宇宙のバレエの星に尽くす

 この時の経験で「痛みなくして得るものなし」という言葉を胸に刻んだ熊川さんの新たな活動が始まります。Kバレエは熊川さん個人を超えて、カンパニーとして自立するようになります。「バレエという芸術世界と社会が共鳴するような次元に至ったときに、初めてバレエという文化が社会に根付いたことになる。バレエという宇宙の中の星の一つとして、僕はそのために尽くすことを決めた」。そして2017年に熊川さんは世界初演の「クレオパトラ」を成功させるのです。

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