Book&Manga79.「『不死身の特攻兵③~生キトシ生ケル者タチヘ』奇跡的に生還した特攻兵を描いたノンフィクションを漫画化」

戦没者兵士数310万人、奇跡的に生還した特攻兵の佐々木友次さん
 

「不死身の特攻兵③~生キトシ生ケル者タチヘ」(原作・鴻上尚史、漫画・東直輝著 講談社)は、ノンフィクション「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」(鴻上尚史著 講談社現代新書)のコミカライズ第3弾です(現在、週刊ヤングマガジンで連載。第4巻は8月6日に発売予定)。新書版は2017年に発売され20万部突破のベストセラーとなりました。

 戦争ではまだ20代そこそこの若者たちの多くが戦争に兵士として徴兵され、日本のために海外の兵士たちと闘いました。日本人の戦没者は310万人と言われますが、中には生きて生還した人たちも存在します。現在はほとんどの方が90歳以上で他界する人も増え、貴重な戦争体験を語る人たちも年々、少なくなっています。

51万人の日本兵が死亡したフィリピン戦線で特攻兵として9回出撃

 その中の一人である佐々木友次さんは、1944年の10月から46年の1月までフィリピン戦線で、特攻隊として戦争に参加し9回出撃して生還した奇跡の人です(佐々木さんは4年前の2015年に92歳で他界しました)。
 「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」は劇作家の鴻上尚史さんが、佐々木さんの勇敢な戦争体験と貴重な生前最後のインタビューをまとめたノンフィクションです。

 佐々木さんは万朶隊(ばんだたい)という特攻隊に属していました。万朶隊はフィリピンのルソン島、レイテ島などで出撃を繰り返した特攻部隊です。1941年からの戦争で日本はフィリピンを占拠し1944年から2年に及ぶ戦闘は、フィリピン奪回を目指す連合軍と防衛する日本軍との間で行われました。フィリピンでの戦争では51万人の日本兵が死亡したといいますから(旧厚生省)、いかに生き残ることが困難だったかが分かります。

コミックス3巻では佐々木さんがフィリピンで初めて出撃

 コミック版1巻では1941年に太平洋戦争が勃発し翌年に日本がミッドウエー海戦で大敗を喫し主導権を失った頃から始まります。21歳だった佐々木さんは陸軍航空隊へと配属になり、茨城県の鉾田教導飛行師団で急降下爆撃の訓練に明け暮れていました。しかし、やがて陸軍初の特攻部隊に配属を命じられます。

 2巻では戦場となるフィリピンでの佐々木さんたちの行動が描かれます。フィリピンのレイテ島では連合陸軍上陸作戦が開始されていました。日本軍は輸送作戦を実施しますが、米軍の航空機や潜水艦により大損害を受けてしまいます。戦局を打破すべくレイテ上陸作戦への殴り込みを敢行しますが、史上最大の戦艦「武蔵」が撃沈され、作戦は失敗に終わります。

 その状況下で、佐々木さんたちの部隊は天皇陛下の裁可を得ていない非公認の部隊として、つまり、個人が志願して結成された特攻部隊の「万朶隊」を命名されるのです。やがて出撃を前に宴会が始まろうとしますが、部隊はグラマンに攻撃されてしまいます。佐々木さんを指導してきた岩本陸軍大尉ほか4人が戦死してしまうのです。

 3巻では上官から「諸君の任務は体当たり攻撃である」「決して無駄な死に方をしてはならんぞ」と言われ、佐々木さんがレイテ湾に出撃します。さまざまな想いが浮かぶ中で、特攻から自分は逃げられないと、強く言い聞かせながら攻撃を続けますが、やがて、佐々木さん撃沈の知らせ司令部に届きます。

人間はそう容易には死なない
 

 現在、コミックスは3巻までが発売されていますが、実はこれから、佐々木さんの奇跡的な行動が始まることになります。

   本来、佐々木さんは特攻隊として徴兵されたのですから、一度の出撃で死んでしまった筈なのです。しかし、それを断固拒否し敵を爆撃し大破させては帰還しました。

   特攻隊の義務は敵艦隊に突撃して死ぬことですから、そんな彼をよく褒める上官はいませんでした。でも、佐々木さんは「自分は絶対に死なない」と決めていました。日露戦争に出兵した父親の「人間はそう容易には死なない」という言葉をいつも忘れないでいたのです。

 凡人から見ると戦闘機に乗って爆撃を繰り返すだけでも大変なことだと思いますが、佐々木さんは、そんな戦闘を何度も繰り返しました。さすがにマニラ北東を飛行中に、機体の調子が悪くなり不時着し、あらためて操縦席がボロボロになったのを見た時は、自分が生きているのが不思議に感じたといいます。

 おのれの命を捨てるのが当然という特攻隊の中で、自分が絶対に死なないと決め、何度も危険に遭遇しながらも、勇敢に闘い続けた佐々木さんのような日本人が存在したことを決して忘れてはいけません。

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