Novel「闇が滲む朝に」第2章□2回「下町の料亭で働くジーンズ姿の女将」

 片山二郎は早朝のキタキツネビルでの仕事を終えると、次の仕事場である●●の高級料亭「鈴音」に向かった。

   下町にある料亭は4階建ての近代的なビルで、ジーンズ姿で通う女将が仕切る。ここで片山は昼過ぎまで清掃の仕事に就いている。

   建物は近代的だが、店の心情は「真心」で、入口の正面には大きな花瓶に入れられた花々が飾られる。

 
現場は近代的な4階建てビルの高級料亭「鈴音」

 午後九時半過ぎ片山二郎は作業服に着替えを終え、下町にある事務所を出る頃には雨はやんでいた。
 しかし、またいつ雨は降り出してくるか分からないのが、ここしばらく日本中で降り続いている雨だ。南国のように集中して降り続いたかと思うと急に晴天になったりする。寒くなったかと思うと暑くなる。
 
 片山がこれから仕事に向かうのは、事務所から十分ほど坂を歩いた所にある高級料亭「鈴音」だ。この辺は少し坂を上がると何件か老舗の料亭が並んでいる。

   グーグルマップのように俯瞰してみてみよう。下町だがビルや家が密集する、都会の真ん中にあって少し古風な飲食店も、多く建ち並んでいる地域でもある。
 
 とはいえ、もちろん大都会だから、何かと周りの動きは激しい。昼はすぐ近くでは高層ビルの建て替え工事をしている。十五階のビルの解体には三台のクレーン車が入り、次々に老朽化したコンクリートを破壊していく。辺りには粉じんが舞い、工事関係者の大きな怒声が響く。
 
 しかし、夜にはこの一帯は静観な通りに一変する。少し引いて眺めてみると、この辺りは高層ビル群が建ち並ぶ地域だから、むしろ古風な料亭が際だって見える。ただ「鈴音」も決して古風な老舗料亭という建物ではない。
 
 四階建てのビルで現代風の料亭なのだ。中ではエレベータが稼働し四階の客間の庭の植木は自動のスプリンクラーが水捲きをする。玄関は自動ドアで裏口はカードキーで入る。あくまで現代に適応した高級料亭なのだ。
 
ジーンズ姿の女将と野球帽の調理人
 というわけで少し変わった料亭では、女将も変わっている。まったく現代風の人間が就いているのだ。

   女将の武田良子はポニーテールとジーンズの似合う女性だ。そこに例えばクラブのママや旅館の女将というイメージはない。だから、片山は初めて会った時は女将だとは気づかなかった。どこかの会社に勤めるOLが料亭にやってきたと勘違いしたくらいだ。

   女将というイメージは、どこか、きらりとした目つきで、髪を束ねスタスタ歩く。まず、着物姿というのが一般的だ。片山はそう思っていた。だから、武田が女将だとは、一緒に働く仲間に紹介されて分かったのだった。
 
 調理のスタッフも料理長以外に一人は、野球帽を被って仕事を進める人物がいる。どこにスポーツキャップを被って料理を作る調理場があるだろうか。たぶん、この「鈴音」以外にはないと片山は思う。

   しかし、コンセプトは老舗料亭と変わらない。「真心」で客をもてなすことを信条としている。一階入り口の正面、つまり、来店した客の眼につきやすい位置に、それは、まはに芸術的と思える程の、美しい季節の花々が添えられる。

各階の庭には竹やもみじの木が 
 現代風とはいえ「鈴音」の歴史は古く創業はの大正になる。当時はその頃の人気歌舞伎役者が稽古場としても使用していたらしい。

    その後、月日の経過するに従いこの料亭を仕切っていた創業者の山辺昌子は店を不動産会社に売却し、いつのまにか現在は都市銀行の東都UL銀行が所有する高級料亭となっている。
 
 山辺から店を引き継いだのが良子で、本人はこの店に来る前は百貨店に長く勤めていた。なぜか銀座のクラブで働いていた経験も持つ。人材バンクに登録していたのがきっかけでこの店に来たらしい。

  片山はこの話を、パソコン関係の会社をリストラされ、清掃の仕事を始めた先輩で話し好きの鈴木平から聞いたのだ。

    話しは少し逸れる。平は違うが、清掃マンには、長年にわたり、きちっと清掃業で仕事をしてきている人たちも多いが、せっせ、せっせと一生懸命に仕事をするおばちゃんたちのほかには、変わった経歴の持ち主も多い。

   例えば、歌手のマネージャー、バンドマン、そば屋、料理人、元タクシー運転手、英会話講師、小さな会社の社長などなど、片山が会った人物だけでも、その人生はさまざまだ。日本人以外では、最近はフィリピンや中国の人も増えている。

    さて、女将が良子になって今年で二年目を迎える「鈴音」のことだが、ここは不況下でも順調に業績を伸ばし続けているらしい。
 
 片山は「鈴音」でバキュームやテーブル拭き、給湯、洗面清掃やモップ掛け、植木の水まきなどを担当する。
 大都会の一角の小さな空間だが、ビルの各フロアの庭にはもみじや竹など憩いの空間を提供するも庭ある。一方で害虫も多い。これが現実なのだ。

   素晴らしいCDジャケットとともに、爆発的なヒットとなった唄に米津玄師(彼は、なんでこんなに多くのアップテンポの名曲を作れるんだろう)の「Lemon」がある。

  このタイトル同様に、はるか遠い昔、今から90年前に、同じ「檸檬」というタイトルの本を出したのが、作家の梶井基次郎だ。同著の中の短編、「桜の樹の下には」で彼は桜の木の下には死体が埋まっていると書いている。

    いやはや死体も怖いが、どうして、どうして、桜の木には毛虫が多いことをご存じだろうか。よく若い嫁入り前の女性に、悪い虫がつかないようにしなさい、と言ったりするが、まさに桜の木を見て、この例え話しが生まれたのではないか。

    害虫といえば、ヒアリも国内で年々、増えているらしい。このまま増え続ければ、晴天の日に公園で、子供を連れてうかうか家族サービスにも出かけられなくなりかねない。

   とにかく、この地ではどこでも隙があれば、悪による攻撃と崩壊が始まるのだ。