NOVEL「闇が滲む朝に」第14回・岐路に立たされて。失うことは確実に得ること

 

 片山二郎は土曜日、ツキノワグマビル社員食堂での定期清掃を終え事務所に戻った。明日は休みだが、矢野から海釣りに誘われていた。矢野は事務所でグッピーの世話をしているが、海釣り好きでもあった。土曜は午後三時過ぎには自宅に戻り、翌日の午前2時過ぎに起床し、千葉の館山まで車で出かけるのだ。
 
    日曜日と次の日の月曜日は祝日で久しぶりに連休だった。ハイクリーンの仕事は日曜以外はほとんどが仕事になるが、たまに連休となる日があった。
 だいぶ仕事には慣れた片山だが、それでも定期清掃を終えた日は腰や手首が痛くなる。土曜日は平均六時間、長く働いても七時間だから身体的には楽だが全身のどこかに疲労がくることがある。
 
 それでも平日の十二時間弱の労働から比較すれば楽なものだ。以前は日曜日も運動をしていたが、もう最近は日曜に外で身体を動かすことはなかった。ただ、今回の日曜日に片山は矢野から釣りに出かけようと誘われている。
 
 矢野は事務所でグッピーの世話をしているが、釣りが趣味で連休の日は必ずといっていいほど、千葉の海に釣りに出かけるのだ。仕事で疲労しているにも係わらず、十三時間後の明け方には釣りに出かけるのだ。休日だがゆっくりと眠っている暇はない。午前四時には車で千葉の館山に到着し、明け方から館山でアジや黒ダイを釣るのだ。

「釣りの準備は俺がするから、かたやまちゃんは時間に間に合うように来てよ」
 事務所の椅子で作業報告書を書きながら矢野が言う。
「三時にビルの正面あたりで待っているから。自転車はいつもの駐輪場に置いてさ」「海の方は明け方は寒いかな」
 着替えを終えて奥から片山が出て来た。

「一応、ジャケットか何かあったら持ってきた方がいいね。この時期はまだ、海の方は寒かったりするから。食べ物や釣り道具は大丈夫だけど身につける物は自分で頼むよ。じゃあ三時ね。お疲れ様」
 矢野が念を押すように待ち合わせ時間を言った。

「お疲れさんです」
 片山はタイムカードを押すと事務所を出た。
「お疲れさん」
 歯切れのいい矢野の声が片山の後方に響いた。
 
 矢野は片山より一回り近く若いが、肉体労働者という意味では、若くて力のある、そして経験も豊富な矢野には頭が上がらない。仕事面では勝ち目はどこにもない。飲みに出かけても何かと誘った矢野が金を払うのだ。

 釣りに出かけても食事代以外は片山が負担するものはなかった。情けないやら、とにかく今の片山は矢野には頭が上がらないことが多かった。それほどに一日の長時間労働で疲労している自分を気遣ってくれたのだ。

 

自我が限界を作る

    そういえば、片山は既に同輩や先輩を多く亡くしてもいる。五十代というのは、それまでに人生の基盤を作っておかなければ、人生に迷い岐路に立たされる年代なのだ。時には死ぬか生き残るかの選択を強いられるまで、追い詰められることもある。確かに片山はそこまで読み切れていなかった。

 五十歳を過ぎて再就職先を探すのに、もう自分は先がないのではないか、こうして人は殺されるのだとまで思い詰め四苦八苦したが、ひょんなことから、ハイクリーンという決して大きくはない清掃会社で、よき人々に出会ったと感じていた。
 
 しかし、自分には肉体労働の経験がないから、清掃の仕事もどれ位続けられるかは分からないというのが本音でもあった。いつも、どこかで疲労と不安を抱えている。
 しかも清掃の仕事とはいえ、それは一日四時間程度のパート仕事ではない。やるからには一日十二時間継続しなければ生活費を稼げない厳しい世界でもある。
 片山は何度も夜中に足がつって目が覚めることがある。今もそれは続く。身体に疲労が溜まると、間違いなく足にも疲労が溜まるのだ。

 このように一日を通してひたすら身体を動かし続けるという生活は、人生折り返し地点の片山にとって決して楽とは言えない生活だった。この苦しみをどう受け入れられるか。やはり、それには自分を消すしかない。
 自分という「自我」が苦しみに耐えかねない限界を作るのだ。本来、自分などないのだ。この苦しみは永遠には続かない。自分はこの苦しみを経験して大きな存在に奉仕している。苦しむたびに本来の自分は成長し、罪は浄化する。

 片山がこの約二年間で自分の中に浮かんだインスピレーションだ。こうして何とか日々の仕事をこなし今の生活に慣れてきた。しかし、それでも仕事中は決して楽しいとか楽だと感じたことはなかった。そんな生活の中で矢野や高戸との会話が片山に笑みを浮かばせ、自らも笑わせ、いつのまにかそれは何とか辛い毎日をがんばろうという意気込みに変わってきたのだ。

 矢野と髙戸の人格や仕事ぶりが、そんな片山に好影響を与えてきたことは言うまでもない。だから、矢野の誘いを片山は断らなかった。人は全てを失った瞬間に、自信を失い、その人生を終えてしまうのかも知れない。確かに全てを失うということが人生にはあるのだ。しかし失うことは確実に得ることでもあるのだ。

 片山は自宅に戻ると弁当を食べ少し遅い昼食を済ませた。時計の針は午後三時になろうとしている。これから買い物に出かけ早めに就寝し、夜中の二時には起きなければいけない。洗濯物を洗濯機に入れると、続けて洗剤を入れスイッチをオンにした。片山は休む間もなくそのまま、自転車で食材の買い物のためにスーパーに出かけた。一週間分の買い物に出かけるのだ。野菜不足にならないように夕飯は自炊生活を続けている。自炊も板に付いてきた。