NOVEL「闇が滲む朝に」第16回・青い海と釣りと柴犬とポケモンと仕事

 

 館山に釣りに出かけた片山二郎と矢野順平は、釣り糸を垂れながらチヌがひっかかってくるのを待った。矢野は釣り糸を垂れながら、ふと死んだ祖母との思い出や柴犬「ケンタ」のことを話す。ポケモンゲームではエンパスがとれたともいう。仕事では力をふるい厳しいところもあるムサシのような矢野だが、素顔はよく冗談を言う、ゲームが好きな青年なのだ。

「昨日は何、食ったの」
「コンビニで買った野菜炒め弁当」
 矢野の質問に片山が答えた。
「かたやまちゃん、野菜炒め好きだね。いつもそれ」
 定期清掃が一日かかる日は、昼食にみんなで平和生命ビルの中華屋に出かけることが多い。片山はほとんど、その店で野菜炒め定食を食べる。

「うまかった? コンビニの弁当」
「結構、うまかったよ。最近はコンビニの弁当もドンドン味が良くなっているな」
 片山は土曜日の夜も弁当の日が多かった。疲れて何も作る気がしないのだ。
 矢野が少し眠そうにタバコに火をつけた。普段は冗談ばかりで仕事では強気で、決して弱気を見せない矢野も実は仕事が辛いのだ。

「やっぱ、いいね海は・・・・」
 矢野がポツリと言う。
「ケンタも連れてくれば良かったんじゃない?」
 片山が釣り糸を眺めながら言った。
 
「車の中でおとなしくしていればいいけど。とりあえず実家に置いてきたよ」
 現在、矢野の母方の実家は、偶然だがツキノワグマビルから歩いて十分ほどの所にあった。

「事務所のグッピーもまた増えるね」
 片山が言う。
「そうだね。今度は全部、育てるから」
 グッピーはよく産卵する。しかし、同じ水槽の中では生まれた多くの子供たちは、大きなグッピーたちに食べられてしまうのだった。

 今回は子供を産む大きなグッピーを別の水槽に移した。そうすることで生まれたグッピーたちは安全に育ち始めていた。もう1センチ近くになっている。
 

グッピーとポケモンゲーム
「さすがに今日はポケモンゲームもやらないし・・・・」
 片山が矢野の表情を見る。
「当たり前じゃんか。こんな所ではやらないよ。そうそう。この前、エンパスをとったよ」

「エンパス・・・・?」
「そう。丸井に買い物に出かけた時にね」
 
「丸井でもできるの?ポケモン」
「ヨーカドー、マクドナルド、伊藤園の自販機・・・なんかでできるよ」
「公園とかレジャー施設だけじゃないんだね」
「そう、おもしろいよ。さあ、今日はチヌを釣るぞ」
 矢野は仕事では力をふるい厳しいところもある。しかし仕事を離れると冗談と酒が好きで、ムサシのような男の素顔は、まだまだ若い青年なのだ。
  
 矢野が再び、たばこをくわえる。
「この辺じゃ釣れないけどやっぱり釣るならまぐろ・・だよね。まぐろを釣れれば高く売れるよ、きっと。最近は釣りすぎて日本も少なくなっちゃったけど」
 片山が冗談交じりに言った。

「よく、冬にまぐろがせりに出されて七千万円で落とされたりするけど。寿司屋の社長なんかそれを全国の自分の店に配って、いつもの値段で売ったりする。あれっていいよね。だからお客が集まるんだね」
 矢野のいつもにない発言に片山は少し驚いた。

「今じゃ、その寿司屋さん成功してるけど、結構、成功するまで奥さんが弁当屋で深夜遅くまで働いていたりして苦労したりしているんだね」
 矢野の幼い頃に育った家の近くに、その弁当屋があったという。
「自分が儲けたいって気持ちがないから、いいんだね」

「そう。死んだおばあちゃんが言ってたよ。無私の心が大事だって。お客を第一に考えることだって」
 矢野はおばあちゃんが好きだった。
「おばあちゃんっていつ他界したの」
「二年前になるよ。朝、起きたらベッドの上で動かなくなっていた。人が死ぬってあっけねえって思ったよ。こんなに簡単に死んじゃうのって感じだった」

「二年前か・・・・。無私ってなかなか実行できないけど。実行できるようになったら凄いね。たぶん世界が変わると思う」
 二十メートル先で、ピチャッとトビウオが跳ねた。
 片山の返事に矢野は頷いた。
 ただ草原のような青い海が、目の前に広がった。
 
 
「闇が滲む朝に」第1章は今回で終了します。6月中旬から第2章がスタートします。ご期待ください。(小説第1弾「海に沈む空のように」は、電子書籍として発売予定です)